第8話「スパーク」
「失礼しました。」
ホニーとマートは御使い様の部屋から出ると、静かな廊下を歩き始めた。沈黙の空気のなかで、ホニーが口を開く。
「まさか、あんな仕事を振られるなんてね……」
「試作戦闘機の飛行テストかー。あのガタガタうるさい鉄の塊、僕は好きじゃないな」
「わかる。武器積めるのはすごいけど、あの足じゃ風と飛べない」
飛行機という存在にまだ馴染めないふたりのやり取り。その背後から、突然声がかかる。
「ホニー先輩、マート先輩、今から任務ですか?」
神出鬼没のハレが、当たり前のように背後から現れた。
「わっ! ハレ、いつも前から来てって何度言えば……」
「さっき御使い様から言われてさ、試作戦闘機のテストに付き合うことになったんだ」
マートは淡々と状況を説明する。
「お二人もそっち系なんですね。僕は海軍の演習同行です」
「最近、軍の関与案件増えてきたよね」
「情勢が荒れてきてますからね……」
ふとホニーが冗談交じりに言った。
「でもさ、天竜と海龍を抱えてる私たちの国に、空と海で喧嘩売るバカなんていないでしょ?」
「“スピード狂い”の“テンペスト”先輩がいますしね。」
「ハレ! “スピード狂い”も“テンペスト”も今はNGって言ってるでしょ!」
その様子に、ハレは満足そうに微笑むと港の方へと去っていった。
(でも、ここまで軍が本格的に絡んでくるのは……)
ハレは心中で違和感を拭えずにいた。御使い様直属部隊が軍任務に動員されるのは、歴史を鑑みると非常時の兆候でもあるのだ。
***
軍の飛行場に着くと、耳をつんざくようなエンジン音が響いていた。
「御使い様直轄部隊、ホニー・テンペスト・ドラグーン、マート・テンペスト、到着しました」
飛行場の司令室で名乗ると、軍司令官が軽く頷く。
「ご協力に感謝する。詳細は飛行研究室のナシマ室長から」
挨拶もそこそこに、司令官は足早に部屋を出ていった。
すぐにナシマ室長と名乗る人物が現れると、口早に案内を始める。
「詳しい話は、実機を見ながらしたほうが早い。ついてきてくれ」
淡々とした態度に押され、ホニーとマートは慌てて後を追う。
駐機場には鋭利なフォルムの試作戦闘機が待っていた。
「こいつが新型戦闘機“スパーク”。シーレイアの代表する魔術体系である精霊術・降霊術・法術、それぞれの魔術回路に適応した多系統魔術兵装対応型機体だ」
ナシマは口調が早口になり専門用語を多数用いてホニーに熱弁を始める。
言葉の意味をすべて理解できるわけではなかったが、どの魔術体系にも対応できる重要な機体であることだけは伝わってきた。
「よう、元気そうだな」
聞き慣れた声に振り返ると、飛行服に身を包んだ青年が笑っていた。
「カンラさん!?」
アクル島の竜の里、ホニーの家の隣人であり、10歳ほど年上の知人──カンラ・シシリタだった。
カンラは契約ができる天竜が見つからず、それがきっかけで島を出て近くの精都ではなく、あえて北部列島の神都にある軍へ入隊した。
「俺は今、この“スパーク”のテストパイロットやってる」
カンラは戦闘機を指さしながら自慢げに告げる。
「君たち、カンラ君の知り合いだったのか。なら話が早い」
ナシマ室長が顎を引くと、試験の概要を語り始めた。
「目的は“魔術回路搭載機の高速域挙動の観測”だ。通常の竜使いやパイロットでは追いきれない速度域のデータを、君たちに記録してもらう」
「わたしたちの目と風と精霊の感覚が必要ってことなのかな?」
ホニーはなんとなく分かった感じで答える。
***
試験が始まり、スパークが轟音とともに滑走路を離れる。
地上で観測を見守るナシマ室長は先日聞いた不明確な噂を思い出す。
東の大陸国家が新型戦闘機を完成させた。それも神託を含んだ複合術式の安定起動にも成功したと。
それはシーレイアが築いてきた空と海の安定を脅かしかねないことを意味する。
「この国が竜に頼るばかりでは、やがて空を奪われる。その時、誰が守るんだ?」
ナシマ室長の口から意図せず言葉がこぼれる。
「この“スパーク”は、あくまでその穴を埋める切り札……精霊術士、降霊士、法術士。誰が乗っても適応できる機体だ」
無線にはホニーとカンラの会話が流れていた。
「カンラさん、遅いよー。すぐ背後取れちゃった。」
「バカ言え! 試作機だぞ、無理できるか!」
「昔“男は背中を見せるな”って言ってたのに~」
「このクソガキ! また縛って簀巻きして吊るしてにしてやろうか!」
「あれはやだー。あたしもうレディだよ!!」
そのやり取りに苦笑しながらも、ナシマ室長は内心でつぶやいた。
(……まあ、悪くない。竜を否定する気はない。ただ、“空を守る術”は複数あっていいのだから)
彼の視線の先で、白い竜と鋼鉄の翼が並んで空を駆けていた。
本日はあと1話投稿予定です。次の8話閑話は23時10分です。よろしくお願いいたします。