第80話「大国参戦」
──レシャス空襲の“奇跡”から始まったメディメ上陸作戦は、多くの犠牲を払いつつも成功を収めた。
シーレイアは南部諸島の中央、東西に長く伸びる要衝パピト島への足がかりを、メディメ奪還によって確保。
同時に、コアガル近海からインスペリ・タベマカ両海軍の圧力を削ぎ、同盟国コアガルの降伏の危機も去った。
そして──
シーレイアが長らく望んできた、“もう一つの大国”の参戦が、いよいよ現実のものとなろうとしていた。
***
レコアイトスの外交応接室。
厳重に警備されたミルキスト神殿の重厚な調度品に囲まれた部屋に、二人の男が対座していた。
「フジワラ局長。戦時下の緊急事態にも関わらず、本国までご足労感謝する」
穏やかな声でそう告げたのは、レコアイトス国教・ミルキー教の頂点、ネロリア教皇。
「ネロリア教皇。レコアイトス国内の世論をここまで参戦に向けていただき、心より感謝いたします」
フジワラは深々と頭を下げる。
その表情は礼儀正しいが、目だけはどこか笑っていなかった。
「星渡り殿……テンペスト卿の存在が大きいな」
教皇は椅子にもたれ、軽く目を細める。
「レコアイトスに留学していたこともあり、彼女の名はよく知られていた。だがそれ以上に──数々の"悲劇”と“奇跡”が民の心を動かした」
「……まさか、アーミムでの出来事も?」
教皇は静かに頷いた。
「あれは我々の国民の“正義”に火をつけた。ローチェが捕虜や民間人を虐殺したという報道。あれを見た者たちは、かつての東西戦争を思い出した。
──“シーレイアに助けられたあの時の恩を、今こそ返すべきだ”と」
50年ほど前に起こったレコアイトスの東西戦争。国を2分し、土着信仰のミルキー教と新たに渡来した新興のリクリス教が対立した。
ミルキー教と星導教、もとは同じ星々の神を信仰する源流を同じとする宗教。
シーレイアは東西戦争の際、多数の天竜を中心とした義勇兵を派遣、ミルキー教の西軍を支援し勝利に導く。
レコアイトスからリクリス教の殲滅に成功したのだ。
フジワラは目を細めて小さく笑った。
「“今こそ恩返しを”という言葉が最初に出たのは……教会筋だったとも聞いていますが」
教皇もまた、涼しげな顔で微笑む。
「噂は噂。だが、行動したのは国民です」
言葉のやり取りは穏やかだが、背後にある意図の応酬は激しい。
レコアイトスとしても、シーレイアやコアガルが陥落すれば、リクリス教圏──すなわちテンシェン・ローチェの宗教的覇権が確定する。
参戦は、信仰と生存のための賭けでもあった。
「では、今後の軍事方針について──」
教皇の声が一段低くなる。
フジワラはすぐに応じた。
「まずは、パピト島の奪還。そして、アーミムを抱えるタワガー島への進軍が本線になります」
「承知した。兵の大規模派遣は難しいが、航空機・装甲車両など物資支援には抜かりはない」
教皇は明言する。
「工業力なら、我が国の方が上だ。戦場が遠くとも、力は貸せる」
戦前から続いていた秘密支援とは桁が違う物量が、今ようやく動き出す。
「感謝します。……なお、派遣部隊は我が軍の戦略統制下での運用となりますが、異論は?」
「場合によっては意見を述べさせてもらうこともあるだろう。だが、基本は御国の指揮に従う」
「助かります」
フジワラは一礼したが、すぐに次の話に移る。
「では、派遣部隊の将官の顔触れを紹介させてもらおう」
教皇が補佐官に頷くと、数人の軍人が部屋に入ってきた。
その中に──フジワラは見知った顔を見つけた。
「……あなたが、来てくれるのか」
一瞬驚いた後、彼はいつもの“胡散臭い笑み”よりもさらに丁寧に、にやりと笑った。
***
テンシェン国──天帝の間。
その玉座に腰掛けていたのは、年若き少年。
テンシェン天帝──チュウエキ。
彼の前にひれ伏すのは、老練な宰相・スートウ。
「……スートウ。テンシェンも動くぞ」
天帝から告げられた短く、断定的な言葉。
スートウは顔を上げ、恐る恐る問いかける。
「チュウエキ殿下……それは……まさか……」
「ああ。視えた」
チュウエキの声には、確信があった。
その瞳は、焦点の合わぬまま遠くを見つめている。
「今こそ、我らの覇を示す時」
その声は低く、そして楽しげだった。
「リクリス神の栄光のために──すべての国を、我が糧としてもらおうか」
玉座の上で、天帝は微笑む。
それは、世界を遊戯として眺める神童のような、恐ろしくも無垢な笑みだった。
レコアイトスの参戦。テンシェンの“視えた”参戦。
シーレイアとローチェの大国間の戦争に、あらたな二つの大国が加わろうとしている。
戦争は一段階、さらなる次の地獄へと進む。
それが泥沼か終焉かは、まだ誰にも分からない。
神すら、知り得ぬその先へ。




