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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹
第2章

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第79話「偶然という奇跡」

神都アマツ──星導教大神殿の最奥、神託の間。

冷たい大理石の床に、幾筋もの祈りの灯が揺れ、まるで神の声が今にも響くかのような、張り詰めた静寂。


その空間に、立っているのは二人だけであった。


「御使い様。神託の間へお呼び出しとは、何用ですか?」

危機管理局長・フジワラは、静かに尋ねた。

この場では、嘘もごまかしも意味をなさない。それを知っているからこそ、彼は飾らない。


「フジワラ局長。あなたなら、理由などお分かりでしょう」

御使い様の声は変わらず穏やかで、それでいて一切の感情を隠していた。


「……レシャスの奇跡、テンペスト卿の件ですね」

フジワラにいつもの胡散臭い雰囲気はない。


「ええ。あれは、私ですら驚きました。……まさか“今”あの域に達するとは」

フジワラもまた率直だった。

神託の間にいる限り、虚飾は意味を持たないから。


「それに、御使い様も私と同じ意見のはずかと思いますが?」

言外に皮肉を込めた問いかけに、御使い様はしばし沈黙する。

その沈黙こそが肯定を示していた。


「……だからこそ、気になるのです。テンペスト卿は“神格化”の領域に入りつつある。想定していた進化の速度ではない」


「“考えたくない”だけでは?」

フジワラはわずかに笑った。

御使い様がテンペスト卿──ホニーを特別視しているのは、もはや秘密ですらなかった。

御使い様は話を戻す。


「となれば、今回の現象は“完全な偶然”ということになりますね」


「ええ。偶然が呼び込んだ奇跡。だが、それが彼女の神性と英雄性をさらに押し上げたのも、また事実です」

フジワラは額に手を当て、小さく嘆息する。

作戦配置は、あくまで合理的判断で、”奇跡”など期待していなかった。


「……レシャスへの配備は、戦力配分と地形戦術の都合。それだけだったのですがね」


「“それだけ”であの戦果ですか。さすが危機管理局長です」

御使い様が淡く皮肉を返す。


「冗談はやめてください。これでローチェは、全戦力を彼女ひとりに向けるでしょう。……正直、予測不能です。星渡りは南部戦線の御印、失うことだけは避けねばなりません。」

珍しく弱音を漏らすフジワラ。


ここは神託の間、そして相手は御使い様と……。

国家の最奥であり、彼が仮面を脱げる唯一の場。


「彼女が死ねば、シーレイア全体の士気に関わる。かといって、前線から退かせれば、それもまた影響を及ぼす、と……」

御使い様もフジワラの言わんとすることを理解する。


ホニーが“有用”であるがゆえに、運用の幅が極端に狭い。


「ですが──」

フジワラは低い声で続ける。


「レコアイトスが参戦するまでの間、我々には“神の奇跡”を使ってでも、敵を足止めする必要があります。

その象徴は、彼女しか……なり得えない」


会話は終わらない。

言葉を交わしながらも、答えの出ない問いが、神託の間に幾重にも漂う。

星々の輝きのような、祈りの灯が部屋を満たす。

 


***


場所は変わり、ローチェ極西軍本部──アーミム。

重苦しい空気の中、極西将軍バルクーイは静かに戦況報告に目を通していた。


— レシャス基地、大規模空襲により壊滅的被害。星渡りの形跡あり

— メディメ防衛戦、当初優位に進行も、飛行部隊増援により戦線崩壊。玉砕の可能性高

— 大型空母 《コタンコロ》、被弾大破。スコールに逃げた模様。轟沈未確認


「……またか。やはり、星渡りか」

バルクーイは唇を噛む。


──スコールの最中に現れ、鉄壁の防衛陣を崩した空襲。

──メディメに“北側から偶然”現れた援軍飛行隊

──その母艦である《コタンコロ》が、嵐の中へ逃げ込んだという話


どこを切っても“星渡り”が現れ、もはや戦況そのものを支配し決定する存在。

盤面をいくら整えたところで、盤ごと叩き壊されてしまえば意味がない。


「全将官に招集を。……戦線の維持は、必要ないと伝えよ」


「はっ!」

副官が敬礼し、駆け足で部屋を出ていった。


星渡りに盤上で勝てぬなら、星渡りが盤すら壊すのであれば……

バルクーイの結論は、単純で、極端で、そして決定的だった。


現段階でも作戦目標は星渡りの撃破である。

だが、今回の敗北によりバルクーイは方針を大きく変えた。


人の力が及ばざる天候まで味方につける。もはや人の域を超えた存在。

英雄、もしくは神に届きうる存在として対応をすべきと。


ローチェ軍、タベマカ、インスペリ──

そして裏から糸を引くテンシェン。


今占領している、南部諸島の全てを使ってもいい、この“神敵”を討つためならば。


いかなる犠牲も許容できると。もはやこれは、戦争ではない。


星渡りというリクリス神の反逆者への、“聖戦”とする。


バルクーイは、ひとり司令室の奥へ向かう。

そこには、巨大な十字架が立っていた。

常人には背負えぬその象徴の前で、彼は静かに祈る。


「偉大なる唯一の我らが神、リクリスよ──」


「このバルクーイ大司教が、そしてリクリス様から頂いた”不死身”の名とその御名にかけて、下賤なる敵を討ち果たしましょう」


外は晴れていた。

だが、彼の宣誓と共に、雲の向こうに不気味な影がうごめいたようにも見えた。


ローチェ西部戦線の英雄、生ける伝説となった”不死身のバルクーイ”。

自身が再び戦場を、空を蹂躙するため、ローチェ皇帝へ直訴の筆を取る。


「星渡りを討てる者は――僅かだ。」


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