第78話「苛烈なる空」
ホニーは、空母 《コタンコロ》がいる想定海域を飛ぶ。
見下ろす海には、黒く焦げた船体の一部や、折れた艦橋が漂っている。
(……あれは……)
波間には黒焦げた残骸が散らばり、戦いの苛烈さを静かに語っていた。
(まだコタンコロと決まったわけじゃない。でも、艦隊の船が沈んだのは確かだ……)
ホニーは知っていた。
レシャス空襲のために、コタンコロは自らの護衛戦力をほとんど割いたことを。
その選択が“奇跡”を起こした。けれど──
(これが……あの奇跡の代償?)
マートに指示を出しながら、高高度の索敵を続けていく。
そのとき、視界の端に、いくつかの船影が映る。
(敵艦の可能性もある……慎重に)
ホニーはマートに速度を落とさせ、悟られぬよう超高高度から接近する。
やがて、曳航されながらゆっくりと進む巨大な艦が視界に入った。
「……あれは……コタンコロ!」
見るも無惨な姿だった。
甲板には大穴が開き、煙がかすかに上がっている。
それでも、沈まずに生きていた。
「マート、降りよう!」
「了解」
マートは大きく旋回しながら、損壊した甲板の端にそっと着地した。
ホニーが飛び降りた瞬間、焼け焦げた匂いと、鈍い呻き声が風に乗ってきた。
(……ひどい……)
甲板のあちこちに、負傷者が寝かされていた。
包帯すら巻かれていない者、動かぬ者、うわごとを繰り返す者。
医療班も足りず、誰もが極限状態だった。
「あの人……マートの世話をしてくれてた人……」
いつか竜舎で笑っていた整備兵が、いまは声もなく横たわっている。
ホニーは自分が「船が無事でよかった」と一瞬でも思ったことを、深く恥じた。
(戦ったんだ。奇跡を起こそうとして……こんな地獄を背負って……)
無事だった艦橋へ向かう。
重い扉を開くと、そこには満身創痍ながらも立っている男がいた。
「テンペスト卿か。……帰還ご苦労」
「テンペストです。レシャス空襲、完了しました」
「そうか。……成功、おめでとう。詳細を聞かせてくれ」
ホニーは一つ一つ、作戦の経緯を報告した。
マートと共に行った偵察、第一・第二陣の突入、敵防空網の崩壊、奇跡のような成功──
「奇跡が起きたのか。……そちらも、スコールだったか。我々もだ」
シマ少将は小さく笑った。
「空襲の最中に現れたスコールに飛び込んで、ようやく命拾いした。運が味方した、というやつだな」
ホニーは頷く。
スコール──精霊の加護か、天の気まぐれか。
この戦いは戦後、“テンペストの奇跡”とまで呼ばれることになる。
「飛行部隊の連中はメディメに向かったか」
「はい……自らの判断で」
「そうか……ある意味、良かったかもしれん」
シマは疲れた声で続ける。
「あちらでは空母はあっても、飛行機が足りんという報告があった。……彼らの判断は、正解だったろう」
ホニーは、あの無線越しの別れを思い出す。
あれが、最後になるかもしれないという覚悟。
「テンペスト卿。徹夜明けの強行作戦帰りで申し訳ないが、しばらく艦隊上空の警戒を頼めるか?」
「……了解です」
ホニーは敬礼し、踵を返す。
その背を、シマ少将は静かに見送っていた。
「……レシャスにスコール。我々にもスコール……これは神の奇跡と言われても不思議ではない」
「本当に、星渡りは神に連なる存在なのかもしれんな……」
沈まずに残った艦。
焼けただれた甲板。
命を繋いだ者たちと、帰らなかった者たち。
その全てが、ただの“運”では片付けられないと、彼は感じていた。
***
――ドドドドッ、パーン!ドドドドッ、パーン!!
同時刻、メディメの空にいくつもの爆発が起きる。
「なんて、数。落としても落としてもきりがないですわ。」
爆炎の合間を、変幻自在に舞うスピリットたちが駆け抜けていく。
『ジャスミン隊長、東南東よりローチェ機の増援多数。』
無線からの増援の知らせが入る。
「ローチェの増援!?まさに飛んで火にいる夏の虫って奴ですわね!?」
ジャスミンは完全に降霊酔しているが、増援を聞いた瞬間から更に動きのキレが増す。
「霊都航空隊に告ぐ。全機撃墜せよ。我らこそがシーレイア1の航空隊と今こそ示しなさい。」
ジャスミンは高慢にも、敵にわざと聞こえる周波数で無線を流す。
部下たちへ激励を行った後、ジャスミンも自分の仕留めるべき敵を探す。
「“貴婦人”にふさわしいお相手……いらっしゃるかしら?」
”シーレイアの貴婦人”それが戦場でのエースとしてのジャスミンの二つ名。
降霊術を使い戦場の霊達の声を聞き、全てを予見するエースとして敵軍から恐れられている。
増援機の中、ひときわいい動きをする機体。
――僚機を庇い、援護し、今1機のスパークを落とした。
「エスコートは、彼にお願いしようかしら?」
まるで肉食獣が獲物を定めたように目を細め、ジャスミンの機体の気配が空に薄く溶ける。
ローチェ機のパイロットはアルザック准将。
開戦からローチェのパイロットを率いてきた、いわばローチェのトップエース。
機銃や対空砲火が飛び交う空。
霊たちがジャスミンを獲物の元へと導く。その様子は全ての銃弾の軌跡が、分かっているかのように優雅に空を駆ける。
アルザックは敵機の近づく気配を察知した。
だがー
「遅いですわ。」
-パパパッ
視界の外、完全に意識外から機銃を打ちこむ。
ーバ-ンッ!
次の瞬間、ローチェのエースの機体は爆ぜた。
「ふふふ、今日の私の降ろしている霊は悪役令嬢。とても私とは相性がいいんですの。」
シーレイアとしては劣勢のメディメの空。霊都航空隊の奮闘が空を繋いでいた。




