第77話「奇跡の対価」
レシャス上空──。
偵察を終えたホニーは、マートの背に乗ったまま空から空襲の様子を見守っていた。無線には、戦況報告と次なる目標への指示が交錯する。
第一陣──空母 《コタンコロ》から発艦した約50機。
戦闘機隊は迎撃を受けることなく、飛行場に並ぶ敵機を機銃掃射で次々と破壊。
爆撃機隊は対空砲の射線を警戒しながらも、初撃で防空施設に致命的な損害を与えた。
そして、精密に調整された爆撃が、敵レーダー施設を粉砕する。
やがて、どこからともなく第二陣が現れる。
別の空母からか、あるいは別の陸上基地か──だが、レシャスまで航続距離の問題から地上発進は考えにくい。
第二陣には雷撃部隊も含まれていた。軍港に停泊中の艦艇を標的とし、魚雷が海面を滑る。
爆撃機隊は補給所や輸送手段へと爆弾を投下。施設という施設が、火に包まれていった。
「すごい……でも、これは……」
ホニーは息を呑んだ。
(もはや奇跡という言葉では足りない。現実の出来事とは思えない……)
「神話だね。星渡りが神を討つときの、あの話そっくり」
マートが静かに言う。
神話では、星渡りは天の理を知り、逆神シャーンを討ったとされている。
奇跡を連ね、天を揺るがす存在へと至った者。
それは、ただの英雄ではなく──神の世界へ踏み入れた存在だった。
「マート、気のせいだよ。そんな力があれば……もっと、救えた命があった」
(アーミムのときも、避難船のときも……)
ホニーは頭を振り、思考を振り払う。
──レシャス基地強襲。
空襲は二段構え、総数およそ100機。
パピト島東部北側、ローチェ軍の拠点に甚大な損害を与えた。
作戦は成功。だが、無線に異変が走る。
《こちらコタンコロ。敵の空襲により飛行甲板が損傷。着艦不能──各機、別の空母か陸上基地に帰還せよ。繰り返す──着艦は不可能》
「そんな……!」
ホニーは青ざめた。
マートは降りる場所さえあれば着陸できるが、通常の航空機に滑走路は必須。
だが南部方面の空母の大半は、既にメディメ方面に展開済みだった。
その時、無線に新たな通信が入る。
《テンペスト卿。我々はこのまま、メディメ戦線に合流します。メディメまでの片道分の燃料は残っている。多少なりとも、陽動にはなるでしょう》
《……弾薬と爆弾はほとんど残っていませんがね》
それは、コタンコロの飛行隊長からの無線だった。
(無茶だ……。ただでさえ消耗しきってるのに……)
ホニーは言葉に詰まったが、かろうじて返す。
「承知しました。星々の導きが、あなた方と共にありますように」
《テンペスト卿、レシャスの奇跡の報告を、お願いします》
それはまるで、遺言のようだった。
「皆さんの武勇なくして、奇跡は生まれませんでした。そのことを、必ず伝えます」
ホニーの声が届くと同時に、編隊が一機ずつ彼女の前を横切っていく。
敬意の輪を描きながら、南へ、戦場へと消えていった。
「……行っちゃったね」
ホニーは、ぽつりとつぶやいた。
「だね。でも、みんな死ぬとは限らない。メディメには空母がいる。可能性は、ゼロじゃない」
マートが優しく言う。
「僕たちは、コタンコロに戻るんだよね?」
「うん。たとえ沈んでいても、確認するのが私の役目だから」
──その頃、空母 《コタンコロ》艦橋。
「やはり、護衛の戦闘機8機じゃ持たなかったか」
艦長のシマは、甲板に開いた大穴を眺めながらぼそりとつぶやいた。
爆撃によって機関部が損傷。火災が広がり、速力も落ちている。
(だが──まだ、沈んではいない)
「全艦隊に通達! 東北東へ全速! スコールの中へ突っ込むぞ!」
レーダーに映る一帯に、大規模なスコールが発生していた。
それは、奇跡の守りのようにも思えた。
(運よく現れたスコール……あのテンペストの嬢ちゃんが、結界でも張ったのかってくらいだな)
「消火は後だ! 速力を出せ、今だけは踏ん張れ!」
シマは咆哮し、燃える艦をスコールという“隠れ蓑”へと導いていく。




