第76話「神敵」
シーレイアのレシャス空襲が始まる少し前──ローチェ・レシャス基地。
「昨夜の夜襲阻止は、上出来だったな」
レシャス基地の指揮官ワシャワ中将は、濡れた滑走路を眺めながら悦に浸る。
新規に建設されたレーダーによる早期警戒。
そして、新型兵器 《フェアリーダウン》。
精霊へ干渉し、共鳴魔法への妨害を可能とする兵器。
それらによる基地の防衛機構は、完璧な勝利をもたらした。
「……星渡りを仕留められなかったのは残念だが、あの兵器の有用性を証明できただけでも十分か」
ワシャワ中将は、狂信者が多いローチェ軍の中では異質な存在だった。冷静沈着で、現実的。
そのため、リクリス神への信仰心の薄さを理由に、バルクーイ将軍からの評価は低く、激戦地メディメからも外されている。
「にしても、このスコール……せっかくのレーダーが役に立たん」
彼は不快そうに雨を睨みつける。
「中将、やはりレーダーはノイズだらけで機能していません」
副官が報告に来る。
「……だろうな。だが、何か胸騒ぎがする。フェアリーダウンはすぐに起動できるか?」
「フェアリーダウンは昨夜の起動後の整備中です。試行機なので安定稼働が難しいとのこと。」
副官は申し訳なさそうに答えた。
「試作機を壊すわけにはいかんな。戦闘機は、すぐ上げられるか?」
「はい。警戒網に反応があり次第、即応可能です」
「よし、即時離陸できるよう準備だけ整えておけ」
ワシャワの直感は鋭かった。
「暴風雨、テンペストか……まるで、星渡りの仕業のような予感がする。」
「……はっ、スコールがおさまり次第、即発進の命を伝えます」
その時だった。
「レーダーに感あり! 敵機多数、距離50キロを切っています!」
見張り員の叫びが、作戦室の空気を一変させた。
「なに!?近すぎるぞ。 ……やはり、この胸騒ぎは正しかったか。全戦闘機、発進準備! 総員、警戒態勢だ!」
レシャス基地にサイレンが鳴り響く。
スコールがようやく収まり、ローチェのレーダーがシーレイアの飛行部隊を捉えた瞬間だった。
「敵機50機以上! さらに150キロ別方向より追加反応あり!」
「くそっ、レーダー周辺の防空を厚くしろ! レーダーを死守しろ!」
ドーン!
直後、轟音とともに基地が震える。
「レーダー損傷……反応、消失!」
「なっ……早すぎる。なにより、正確すぎる……まさか」
ワシャワは、ある存在に思い至る。
暴風雨を苦にせず、悠然と偵察し攻撃目標を指示できる存在を。
「……星渡りか」
その後は怒涛のように報告が入る。
──飛行場、空襲。戦闘機、上がれず。
──停泊中の軍艦、大破。
──補給倉庫、炎上。
ワシャワの頭をよぎるのは、ローチェ上層部の想定。
シーレイアはメディメ方面に主力を集中させ、北側のレシャス方面への攻撃は陽動にすぎない──。
だが、それは完全な誤算だった。
シーレイアはリスクを取って、二面作戦に出たのだ。
しかも、より不利と見られた北側に奇跡の化身“星渡り”を配置してきたのだ。
「これが……“神敵”の力か……」
雲の切れ間から、光が差し込む。
その光を背に、白き天竜とその背に乗る少女──星渡り・テンペストが舞い降りてくる。
その神々しい姿に、ワシャワは息を呑んだ。
(盤上の策をすべてひっくり返す。それが“神敵”……)
脳裏に、バルクーイ将軍の言葉が蘇る。
──盤上にいかなる策を講じようとも、盤上ごと覆す。それが“神敵”だ。
夜襲阻止に成功し、防衛体制も強化されていた。
それでもなお、天候という人智を超えた現象が“敵”に味方した。
整えた策は、不条理にひっくり返されたのだ。
神の力がなければ、英雄でなければ抗えぬ存在──。
「……私は、なんと愚かだったのだ……」
ワシャワの膝が崩れ落ちる。
ワシャワは、これまでローチェの他の者たちを見下していた。神にすがらなくては生きていけない存在であると。
自分の力で生きれない軟弱者だと。
だが、ワシャワはこのとき悟ったのだ。人を超える存在を対するには答えは、一つしかなかった。
「偉大なるリクリス神よ……私の考えは誤っておりました。これからの我が人生、そのすべてを捧げることを、今ここに誓います……そして、人ならざる存在。星渡りに、神罰を!」
赤く燃え上がる炎。
その業火に照らされ、一人の“狂信者”が誕生した瞬間であった。




