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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹
第2章

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第75話「暴風の奇跡」

「マート、行くよ。」

竜舎の隅で丸くなっていたマートが、耳をぴくりと動かした。


「……もう?」

まだ眠たげな声。だがホニーの瞳を見た瞬間、マートは何も聞かずに起き上がる。


「そっか。わかった、すぐ支度する。」

新たな重要任務を悟り、マートは頭を切り替える。

甲板に出ると、レシャスへの空襲の準備に並べられた戦闘機と爆撃機が、濃紺の空の下、無言で待ち構えていた。


甲板では整備兵がせわしなく動いている。

ホニーとマートはそれらを横目に、まるで散歩にでも出かけるような足取りで、風を切って飛び立った。



***


「つまり、レーダーの死角から侵入して、レシャス山の陰を使って急上昇、偵察──ってことでしょ?」

飛行中にホニーが作戦の内容の口火を切ると、マートが得意げに先回りして答える。


「うん、スコールが残っていれば、突入にはちょうどいいはず。」

この時間、レシャスは地形の関係上、作戦時刻にスコールが発生しやすい。

通常であればスコールの空域は避けるのだが、ホニーとマートだけは絶好の隠れ蓑として使えるのである。


パピト島南部の密林と海岸線が遠ざかっていく。ふたりは島の外周を大きく迂回し、レシャス山の裏手へと進路を取った。

迷彩を施されたマートの鱗が、森と同化する。ホニーの服もまた、迷彩をまとっていた。


「マート、行こう。」

レシャス山の背をなぞるように回り込み、タイミングを計って一気に上昇。

体に重力がのしかかるが、ふたりはそれを置き去りにして、空へと突き抜けた。


レシャスの空──


その先に、ホニーたちが待ち望んでいた、重く黒い雨雲が、荒れ狂うように湧き上がっている。


「……いける。スコールだ!」

基地の上空には濁った鉛のような雲が垂れ込め、時折、稲光が白く空を裂く。

その様子を見たホニーの表情に確信が宿る。


「マート、突っ込むよ!」

天が味方している――ホニーはそう感じた。

彼女たちにとって、スコールは視界を奪う敵ではなく、気配で空を読む味方である。


大きな雨粒が二人を叩きつける。

目視も、レーダーも役を果たさない空。


逆に、ホニーの感覚は澄みわたってきた。

精霊たちが風とともにざわめき、ホニーの感覚と繋がっていく。

スコールの中で、ホニーは精霊たちの感覚を頼りに、基地の構造と気配をなぞっていく。


「……あれ、レーダー塔?」


ピカッ──ドーンッ!

雷鳴とともに、ホニーの視界に映ったのは、開戦前にはなかった巨大な鉄塔。


そこに、雷が直撃していた。

事前の取り決め――


「万が一、警戒態勢でない場合は、報告を10分遅らせること。」


時刻はヒトヒトゴウマル。

ホニーは深呼吸し、無線を握った。


「こちらテンペスト。これよりレシャス空襲を実施する。目標――」


テンペスト卿の報告が無線で全軍に伝えられる。敵の空母、施設、レーダー塔の位置。


そして、そのすべてが奇跡の雨に覆われているという事実。

報告を終えてから数刻後、ウーウーウーッとサイレンがけたたましく鳴り響く。


敵レーダーがようやく空襲部隊を補足したようだ。


***


スコールがようやく抜け、ローチェの基地に慌ただしい動きが走る。戦闘機が空へと上がろうとするが、すでに基地上空にはシーレイアの空襲部隊が編隊を形成していた。


シーレイアの パイロットたちは無線を聞きながら確信する。


(これこそ……テンペスト卿の奇跡だ)


「……各機、目標を見据えよ。パピト島を、我らの島を奪還せよ!」


ホニーが最後に放ったその一言が、編隊の心を一つにした。


『了解!!』


無線から、幾重もの声が空へと響き渡る。


先手必勝――爆撃が降り注ぐ。迎撃準備の整わぬ対空砲が次々に沈黙し、滑走路では空に上がる前の敵機が火柱を上げるた。


パイロット達はまるで、神に憑りつかれたかのように次々と戦果を上げていく。


また一つ、星渡りが新たな『奇跡』をレシャスに生み出したのだ。

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