第74話「いつもの」
夜明けの淡い光の中、空母の甲板に、爆撃機部隊が全機無事に帰還した。
全機生還したわずかな誇りと、それを覆い尽くすほどの敗北感を胸に、ホニーは艦橋へ向かう。
「……夜間爆撃に対する徹底した警戒体制、加えて共鳴魔法への妨害の可能性か」
シマ艦長はホニーの報告に、深く黙考を続けた。
高高度からの機雷精密投下による海峡封鎖。
“星渡り”テンペスト卿が先導するこの作戦に、シマは相応の犠牲も覚悟していた。
犠牲を出してでも海峡封鎖は有効との判断した上での決行。
だが、完全なる失敗──それは誰の予想にもなかった。
「申し訳ありません。……奪還作戦の陽動で、このような結果に」
ホニーは深く頭を下げる。完全な敗走だった。
「……ローチェの本気の防衛網を、我々は甘く見ていたようだ」
艦長は帽子を深くかぶり直し、目を伏せたまま呟く。
「敵レーダーは、おそらく150km前からこちらの高度を正確に捉えていました。考えられるのは……」
「探知範囲の拡張か、あるいは探査高度の向上……」
ふたりの会話は、重く沈んでいく。
「それに加え、共鳴魔法への妨害。……おそらく、精霊制御を応用した対テンペスト卿用の干渉技術だろうな」
シマは一呼吸おき続ける。
「もしくは更に大掛かりな兵器の試作を星渡り用に改良したか。」
その言葉に、ホニーははっと目を見開いた。
「私ひとりのために、そこまでの妨害技術を?」
自分が一兵士であるという意識が、言葉に戸惑いを滲ませた。
艦長は、わずかに笑う。
「テンペスト卿。ローチェの認識のほうが正しいのだ。アクル奪還、ジャッカ基地壊滅、コアガル救援──
あなたが動いた場所は、すべて戦局がひっくり返った。もはやあなたは“戦略兵器”に等しい存在だ」
ホニーは、思わず息を飲む。
国に祀り上げられた偶像。
自分はただ、その台座に立たされているだけ。
ずっとそう思っていた。
「……実感がないようだから、はっきり伝えておこう」
艦長は真正面からホニーを見据える。
「《コタンコロ》が沈み、全乗組員が死ぬとしても──テンペスト卿、あなたひとりは死なすな。
それが、私に下されたもう一つの命令だ」
「……空母一隻より、私の命を重く見ている……と」
言葉が、喉につかえる。
「言いたくないが、それが現実だ。……あなたはもうシーレイアの“奇跡”そのもの、南部戦線の御印なんだよ」
言葉は重く、だがそれは現実だった。
思い返せば、他の人からの対応が物語っている。
ホニーは無言のまま、拳を握りしめる。
「さて──夜襲が通じないとなれば、やることは一つだな」
艦長は少しだけ口元を緩めた。
「全戦力をもってのレシャス基地への強行空襲だ」
思わず、ホニーは目を見開いた。
「全戦力?それに再度……レシャス、ですか?」
パピト島北東部のレシャスへの攻撃は本来陽動のため。ホニーはそう理解していた。
「シーレイアは“パピト島を北から攻めない”とは言っていない。
南も北も、同時に総力戦だ」
艦長の声には、静かな熱があった。
「テンペスト卿、徹夜明けで申し訳ないが──もう一度、レシャスまで飛んでくれ」
「偵察任務……ですね?」
「ああ。戦力配置の確認だ。お荷物も守る必要もない、あんた一人の空なら、どんな警戒網でも突破できるだろ」
シマはあえて試すようにホニーに尋ねる。
「問題ありません。」
ホニーは、挑発を買うように即答した。
「流石だ。無線封鎖の必要はない。レシャスへの空襲部隊は、ヒトフタマルマルに到着予定。
テンペスト卿は、ヒトヒトヨンマルまでに偵察を完了し、無線で敵情を伝えてくれ」
「了解であります」
艦長は、ニヤリと笑う。
「じゃあ、いつものように──奇跡を起こしてきてくれ」
その言葉は、まるで朝の買い物に送り出すような気軽さだった。
けれどホニーは、その軽さの奥にある期待と覚悟の重さを、痛いほど理解していた。
だから、ホニーもあえて軽く、そして軽快に答える。
「レシャスに、シーレイアの暴風を吹かせましょう。」




