第7話「拝命の意味」
ストレス発散を兼ねた暴走飛行のあと、宿舎に戻ったホニーは、小腹の減りを感じていた。
漂ってきた美味しそうな匂いに誘われるように、食堂へ足を向ける。
「おばちゃん、いつもの気持ち多めで!」
「ホニーちゃん、いらっしゃい。気持ち多めね。今作るから少し待ってね」
厨房の奥から、慣れた声が返ってくる。そのやり取りすら、今は心を落ち着かせてくれる日常だ。
料理ができるまでの間、ホニーはいつもの窓際の席に腰を下ろす。頬杖をつきながら、揚げ物の音をぼんやりと聞いていると、予想外の声が飛んできた。
「同席しますね、ホニー先輩!」
不意に目の前の席に滑り込んできたのは、御使い様直属部隊の唯一の後輩──ハレ・アツタ。
「その様子だと、契約選定は無事に終わったみたいだね」
「そりゃ当然ですって。もう僕、契約してるのに“儀式ごっこ”させられただけですから」
ハレは、すでに海龍との契約者である。
幼い頃の海難事故で命を落としかけたところを、偶然出会った海龍に救われ、契約を結んだという。しかし国の規定では契約は12歳からとされており、ホニーとは異なり今までは伏せられていた。
「正規の契約者になったんだ。おめでとう」
「ありがとうございます。……先輩も、勲章と拝命おめでとうございます」
ニヤリと笑うハレが言葉を続ける。
「これから改めてよろしくお願いします、“テンペスト”先輩!」
「うっ……やめてよ。ホニー先輩でお願い。まだその名前、受け止めきれてないから」
「さすがのテンペスト先輩も慣れてないか。にしても、先輩って二つ名豊富ですよね」
ホニーの反応を楽しみながら、ハレは数え上げるように言う。
「ドラグーン家の秘蔵っ子、最速の竜の契約者、南部諸島のスピード狂い──」
「スピード狂いは余計!」
ホニーは鋭く突っ込む。
「最近では“献身の少女”、そして“テンペスト”。このままいけば“暴風の魔女”とか“アーミムの翼”とかもアリかもですね」
「あーもう、やめて……今も空飛んで、やっと平常心戻ったとこなんだから」
苦笑いを浮かべつつも、ホニーはどこか本音をこぼすように呟いた。
「でもホニー先輩、拝命したってことは“大使級”の扱いになりますから、これから配達で面倒増えるかもしれませんね」
「……へ? 何それ?」
ぽかんとしたホニーに、ハレが呆れたように眉を下げる。
「いやいや……当たり前の話ですよ。拝命って、外交任務でも“国を代表する存在”って意味ですし」
「……てことは、これからの配達って、すごい重要な手紙ばかりになる……とか?」
不安げにホニーはハレに確認する。
「なんで後輩の僕に聞くんですか。でも、拝命された人にしか頼めないような文書とか、そういうのは増えるでしょうね」
「さっき会ったマートも、“これから大変になるな”って竜舎で言ってましたよ。てっきり、先輩も知ってると思ってました」
白目でハレは尊敬する先輩を見つめる。
「……マジか」
呆然としたまま、料理ができたことに気づいて席を立つホニー。
「僕のもできたみたいですね。行きましょう」
***
食後、食器を返し終えてからも、ホニーの表情はどこか複雑だった。
「ねえ、ハレ。……私さ、ちゃんとやれるかな」
「え?」
「テンペストとか、大使級とか……拝命されて、すごく名誉だって分かってる。だけど、自分がそれに釣り合ってるのか、まだ実感がないんだよね」
「……」
ホニーは笑っていたが、その目にあったのは戸惑いだった。
「でも、私なりにちゃんとやっていこうと思う。テンペストって名前が、ただの肩書きじゃなくて、私らしくあれるように」
ハレは少し驚いた表情でホニーを見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……さすがです。やっぱり先輩は、そうじゃなきゃ」
彼は口には出さなかったが、心の奥で強く思っていた。
──海難事故で家族も故郷もすべてを失い、身寄りなく直属部隊に入ったあの日。誰よりも親身に寄り添ってくれたのが、この人だった。
だからこそ、彼はこの先もずっと、この先輩の背中を追い続けると決めている。
本日はあと2話投稿予定です。次の8話は21時20分、8話閑話は23時10分です。よろしくお願いいたします。