第72話「縋る思い」
南部諸島の中央に位置する、東西に細長い島——パピト島。
現在はローチェに占領されており、シーレイアにとって奪還の足がかりとして最も重要な地点だった。
南部司令ヒサモトから、長らく検討されていた反攻作戦の概要が本部へ届く。
「……要所の奪還は後回し。まずは南側、コアガルと連携可能なメディメの確保、ですか」
フジワラは地図を睨みながら声を漏らす。
その作戦図には、目標として大書された《メディメ》の文字。
小さな町だが、山に三方囲まれた天然の要害。放棄された飛行場もあり、アクルからの航空支援も範囲内。
地上からの大量侵攻が難しい反面、制空と制海を抑えれば確実に押さえられる拠点だった。
「これまで要所のある北側を優先してきたが、状況は膠着している。敵艦隊もコアガル東岸から撤退し、今なら南部に割ける」
参謀総官キトラは冷静に説明する。
「レコアイトスが参戦する前に、一歩でも戦線を進めておきたい。……だが、敵も当然それを読んでいる」
フジワラは作戦を語るキトラを静かに見つめる。
「メディメは、こちらにとってあまりに都合が良すぎます。敵もそう見ているでしょう。」
フジワラは冷静に告げ、キトラはそれにうなずく。
「わかっていても、動かねばならん。……時間が経てば、ローチェの守りは強化され、いずれ手が出せなくなる」
しばしの沈黙ののち、キトラはフジワラに静かに言った。
「どのみち地獄だ。なら、早いうちに踏み込むしかない」
それが、参謀総監としてのキトラの覚悟だった。
「テンペスト卿の扱いについて、ひとつ変更を」
作戦案に目を通しながら、フジワラは告げる。
「本任務からは外し、北側の牽制作戦へ回してもらいましょう。空母からの夜間攻撃に同行、先導任務として」
「……よろしいのですか? テンペスト卿を、外すとは」
キトラがわずかに眉をひそめた。
「メディメで奇跡など、起きません。これはローチェとシーレイア、両軍の純然たる物量と耐久の戦いです」
それがフジワラの答えだった。
作戦会議を終えたあと、キトラはひとり、作戦案の端に記された名前を見つめていた。
《テンペスト卿、メディメ奇襲戦にて偵察・指揮任務》
——これは、自分が書き入れたものだ。テンペスト卿、関わる作戦を成功に導く存在。
軍部だけでなく、国民もみな彼女に奇跡を期待している。
(ほんの少し……いや、甘えだ。戦局を動かす“奇跡”で、彼女に縋ろうとしていた)
だが、それは軍人としてあるまじき幻想。
「……作戦参謀総監たる者が、奇跡を望んでどうする」
小さく、自嘲するように呟いた。
参謀本部を出たフジワラは、廊下の窓から南の空を見る。
「奇跡に縋る。そうなってはもう国は終わります。……」
作り上げた象徴『星渡り』、ホニーはフジワラの想像以上の働きをしている。
「神話の星渡りは神を討った。そのことをもっと広める必要がありますね。」
フジワラはなにか思いついたように早足で歩き出した。
***
反抗作戦へ動き始めたアクル。
ホニーは、ヒサモト司令の副官から命令文を受け取っていた。
「テンペスト卿は、陽動のための空母機動部隊に同行し、北部レシャス海峡へ夜間攻撃任務を援護。参謀本部付命令です」
そう伝えられた。
「……了解です」
言葉に出したが、内心には疑問が浮かんでいた。
(メディメなら意味がある。でもレシャス? なぜ……外されたの?)
それが単なる戦力配置か、それとも別の意図か。
通達が“参謀本部付”という文言が、フジワラの意図を感じる。
(……これって、ただの陽動? それとも……)
ホニーは答えのないまま、空母 《コタンコロ》に乗り込む。
かつて避難民輸送の任を担ったときに乗った船だった。
あの時小破していたが、今は完全に修理され、改修も施されたという。
艦橋から見る空は、深く暗く静かだった。
(夜を切り裂くことくらい、私にできないはずがない。フジワラ局長は──レシャスに何を見出したのだろう。)
陽動とはいえ、最前線の夜間攻撃。
“奇跡を体現する星渡り”に、ふさわしい戦場が、再び始まろうとしていた。




