第71話「神話か歴史か」
「バルクーイ極西将軍、皇帝陛下より親書をお届けに参りました」
ローチェ帝国皇帝からの密使が、深々と頭を下げながら文書を差し出す。
その頃、バルクーイはアーミムの要塞化と共に、新たな聖地とするべく多数の教会の建設も進めていた。
奪われた街はすでにローチェの軍政下にあり、南部諸島の中心的拠点として形を成しつつある。
封を解いた親書の冒頭には、こうあった。
——「レコアイトス、二ヶ月以内に戦列へ加わる見通し」——
それまでに、南部諸島における戦略拠点の形成と、迎撃態勢の構築を命ず——
バルクーイは目を細め、椅子の背にもたれる。
(星渡りが南部戦線を離れ、コアガルで戦果を挙げた……)
わずかに唇を歪めた。
彼は南部戦線で星渡りのために“舞台”を整えていたのだ。
リクリス神が定めし敵、神敵“星渡り”を討ち滅ぼすために。
にもかかわらず——彼女はこちらに来ず別戦線で、見事な成果を上げたのだ。
そのことが、愉快でもあり、同時に何よりも不快であった。
地図を広げ、戦況を読み直す。
シーレイアの主力戦闘機 《ライコウ》。
空戦能力に優れるが、航続距離は短い。
したがってアクルより西側の制圧には、補給拠点が不可欠だ。
戦力差から陸戦を避さける傾向があることも明白だ。
——ならば、彼らの狙いは北側ではなく“南”だろう。
「シーレイアの指揮官は賢い。ゆえに、あえて要所を避け、裏手から来る」
コアガル西部と繋がるインスペリ洋。
そこで海上作戦を展開し、正面からではなく、戦線そのものを塗り替えようとするはずだ。
「バルクーイ将軍、失礼します」
入室してきたのは極西機甲師団長、クラークス。
歴戦の戦車乗りの風格を漂わせ、図面の束を携えていた。
「ご指示いただいた、シーレイア側の侵攻経路予測をまとめました」
「……クラークス。相変わらず、早いな」
「リクリス神の御心に従ったまでです。」
書類を広げたクラークスの声は、平坦ながら確信に満ちている。
「現段階で、予測精度は六割。ただし、敵が上陸を伴う作戦に出れば、八割以上に跳ね上がると見ています」
「上陸、か。奴らが陸で我らに挑む可能性があると?」
「ええ。海からの出入りが容易かつ陸上戦力を展開しにくい場所、メディメです。
かつての飛行場跡地が放棄されたままになっておりまして。恐らく、そこを足掛かりにしてくるでしょう」
「ならば——先に叩くまで」
バルクーイの瞳が冷たく光る。
「機甲師団を前もって配備しておけば、上陸部隊は潰せる」
「その通りです。展開しにくいとは事前に分かれば、反撃の芽を摘むことができましょう」
クラークスが静かに笑う。
「念を入れておけ、クラークス。作戦は有望だが……ここでシーレイアに息をつかせてはならん」
「承知いたしました。リクリス神に祈りつつ、再度各方面から精査を進めます」
クラークスが敬礼して退出しようとしたとき、バルクーイはふと視線を落とし、呟いた。
「……この作戦は、理論上、確実に成功する」
間違いない。
だが——
「問題は、盤上に“星渡り”が現れたとき、だ」
ホニー・テンペスト・ドラグーン。
リクリス神が敵と定めうる存在。
神を殺すと伝えられる“星渡り”が、実在するということが示された今、もはや彼女は単なる象徴ではない。
人ではない。
神に仇なす者——敵対する神そのもの。
「人の知恵で組み上げた作戦など、容易く崩される。それを踏まえ作戦を詰めよ」
それは、理屈ではなく、確信だった。
「はっ。リクリス神の導きを仰ぎ、再度検討いたします」
クラークスはそう言い残して、音もなく部屋を後にした。
(私自身が戦えれば)
バルクーイは自身の身体を憎む。今とて、バルクーイ自身は戦えると思ってる。だが皇帝から前線へ出ることを禁じられている。
ローチェ帝国の英雄バルクーイ。大陸での西部戦線時代、単機で敵を蹂躙し英雄となり、一兵卒から将軍まで上り詰めた男。
だか大きな戦果と引き換えに負傷、その後前線から外されるも指揮官として頭角をあらわしたのだ。
一人残されたバルクーイは、再び地図を見つめる。
シーレイアの伝承——星渡りは、神を一柱、討ったとされる。
もしそれが、神話ではなく歴史なら。
バルクーイは、静かに心の中で誓った。
——この世界に、神を殺す者など存在してはならない。
星渡りは、例え前線に出られずとも必ず私が討つ。リクリス神の名のもとに。




