第70話「次の一手」
ラシャ、ナーグル、そして新たに生まれたケイとネマル——
短いながらも、ホニーにとって家族と過ごした休息は何よりの癒しとなった。
命の重み、家族の存在。
それは、彼女の磨耗した心に静かに沁みわたっていた。
「ホニー、いい顔してるじゃねえか」
アクル飛行場に戻ったホニーに、陽気な声がかかる。
鉄竜部隊・隊長カンラだった。
「うん。いいことがあったんだ」
「そりゃ結構。じゃ、俺もひとっ飛びしてくるわ」
ライコウに乗りこみカンラは、そう言って軽く手を挙げると、空へと舞い上がった。
奪還直後の喧騒が嘘のように、アクルは今や戦線の後方に位置している。
《オペレーション・シューティングスター》以降、鉄竜部隊や霊都航空隊の奮戦により前線は西へと押し戻された。
特に両部隊の隊長の活躍は目覚ましい。
鉄竜部隊のカンラは竜王、霊都飛行隊のジャスミンは貴婦人と呼ばれ始めている。
カンラとジャスミン、シーレイアにとっての空のエース、今やシーレイアの両翼となっていた。
だが、エースの活躍も一時の均衡に過ぎない。
「……ヒサモト司令のところに行こう」
ホニーは小さく呟いて歩き出した。
「テンペストか。戻ったか」
司令室に入ると、ヒサモトが顔を上げた。
「ドアを閉めてくれ。それと——座ってくれ」
形式ばった指示に、ホニーは一瞬で察する。
(……これは、長い話だな)
椅子に腰を下ろすと、ヒサモトは口を開いた。
「派手な花火、よくぞぶち上げてくれた。あれで敵の動きが変わった」
彼が指すのは《ファイアーフラワー》の成功。
その影響は、アクル周辺の戦況にも波及していた。
「敵はコアガル東岸から部隊をほぼ撤退させた。代わりに、対潜警戒を徹底してきている。おかげで……」
ヒサモトは地図を指差す。
「コアガルのカバズ港への航路が、ようやく確保できそうだ」
開戦後コアガルとの連携が断たれた今、海路の復活は極めて重要。
特に、レコアイトスとの連携を視野に入れるならなおさらだ。
「潜水艦大規模攻撃がいつ来るか分からん状況ってのは、敵にとっても脅威なんだな」
ヒサモトはニヤリと笑う。
ホニーはふと、コアガル国王の裏切りを思い出す。
テンシェンへの情報漏洩が確実視されたことで、コアガルへの援軍作戦は凍結されたままだ。
「だが——問題はローチェだ」
ヒサモトの声が低くなる。
「ジャッカ基地までは押し戻したが、それ以西には手が出せていない」
ライコウは空戦には強いが、航続距離に限界がある。
スピリットは航続距離は長いが、霊都航空隊は人員自体がもともと多くない。
そのため次の戦線を押し戻すには、さらに西へ基地を設けねばならない。
そのためには——ローチェが今なお掌握する島を奪う必要がある。
「つまり、地上戦は避けられないってことですか」
「そうだ。時間が経てば、敵の守りはどんどん固くなる。基地が整備され、機甲師団が配備されれば奪還は不可能に近くなる」
ヒサモトはそう断じた。
海では優勢でも、島嶼戦では不利。
複雑な地形、限られた航路、守りやすく攻めにくい。
シーレイアは次の一手を決めかねていた。
「ご提案、よろしいでしょうか」
ホニーが言葉を挟むと、ヒサモトは目を細めた。
「こちらも打つ手を探していたところだ。聞こう」
ホニーは一歩、机に近づいた。
「本来なら、重要拠点のある北側からの奪還が常道かと思います。でも……ここはあえて南。コアガル西部と連携のとれる“裏手”からの奇襲はどうでしょう」
ヒサモトの眉がわずかに動く。
「……インスペリ洋か。確かに、あそこなら艦隊も動かしやすい。しかも、潜水艦の出撃も可能になる」
「はい。主戦場の正面突破ではなく、戦線の再構成と広域奇襲で敵の守備を崩せます」
ホニーの言葉に、ヒサモトはしばし黙考した。
そして——
「流石だな、テンペスト卿。……こちらが考えていた有力案を、同じ形で出してきた」
彼は椅子を押しのけて立ち上がる。
「その案がでるかどうかを、知りたかった。君がそれを口にしたことで、迷いが消えたよ」
そういったヒサモトだが表情は少し曇っている。
「ただ我々や上層部、テンペスト卿がその案を有力と上げたというのは手堅くもあり、読みやすくもあるということか。」
ヒサモトは自身に問いかけるような大きさの声でつぶやく。
「失礼。作戦は決まり次第、追って伝える。テンペスト卿には偵察任務についてもらう。詳細は部下に伝えさせる」
そう言って、ヒサモトはホニーより先に司令室を後にした。
地図の上では静かだった戦線が、再び動き出そうとしている。
戦局の打開。
その第一歩が、いま踏み出されようとしている。




