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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹
第二章

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第69話「新たな命」

オオクラから、ほんのわずかな休暇がホニーに与えられた。

それだけでもありがたかったが、彼はもう一つ、ある情報をホニーに手渡す。


「本来、君の意志に反するとは思うが……」

そう前置きされた封筒には、たった一文——


「姉君、無事出産されました。母子ともに健康とのことです。」

それだけで、胸の奥に安堵の波紋が広がっていく。


(……オオクラ局長には感謝しなきゃな。霊都に立ち寄れるよう、日程に融通を利かせてくれたんだ)

帰還命令の前日、ホニーは静かに飛び立った。

行き先は、姉ラシャが避難している霊都カラバロン。


「ハレ、思ったより元気そうだったね。相棒のナディも無事で良かった……で、竜舎にレジルがいたって?」

空の上、マートに話しかける。


「うん、いたよ。グラル兄さんの竜。もうすぐ復帰するらしいって言ってた」


「ほんとに!? ……兄さん、生きてたんだ」

知らないままでいようとしていた。

もし最悪の報せが届いても、今の自分には受け止めきれないと、そう思っていたから。


でも——

知ってしまえば、やはり、胸の奥に安堵が広がる。


「ハレのお見舞いの時、会わなかった? 同じ病院だったと思うけど」


「うーん……面会時間ギリギリだったし、特には……」

言いかけて、ふと思い出した。

帰り際、病院の職員が何か言いたげだった気がする。


(……もしかして、あれってグラル兄の面会のことだったのかな)


「もしかしたら、グラル兄……来てくれてたのかも。でも私、断っちゃった……」


「そっか……じゃあ今ごろ、恋人優先で面会すっぽかされた可哀想な兄貴って思われてるかもね」

マートが淡々とした口調で言う。


「ちょっと、ハレはそんな人じゃないって分かってるでしょ」


「分かってるよ。でも、傍から見たらそう映るのも事実だよ」

その声音は、静かで、しかし真剣だった。


「……だね。グラル兄にもハレにも、余計な心配かけちゃったかも」

ホニーは少しどうしようか悩んだが、グラルとハレだからまあいっかと結論づける。


「ラシャ姉の赤ちゃん、男の子かな? 女の子かな?」

そう呟いたホニーの頬は、緩んでいた。

ここしばらく、ずっと張り詰めたままだった表情に、やっと柔らかさが戻っていた。


でも、ふと、胸をよぎる影がある。


(……ラシャ姉の旦那さんも、確か重傷って手紙に書いてあったな。大丈夫かな)

縋るように、「グラル兄と同じく回復してる」と、心の中で祈る。



***


霊都カラバロン、政府高官が暮らすエリアの一角。

ホニーがラシャたちの避難先を訪れると——


「ホニー姉だ!」


弟ナーグルの元気な声が玄関の向こうから響く。

勢いよく飛びついてくると思い、身構えたが、意外にも立ち止まったままだ。


「早く入って! ラシャ姉のとこ行こ!」

促す声に、ホニーは一瞬だけ目を細める。


(ナーグル……ちょっと大人になったんだな)


両親の死。

姉が身重の身で頼れず、見知らぬ土地での日々。

そのすべてが、少年に成長を強いたのだ。


「ねえ、赤ちゃんって男の子だった? それとも女の子? 名前、もう決まったの?」

問いかけに、ナーグルは何も言わず、ただ静かにホニーに抱きついた。


「……ホニー姉……」

声が震えている。

小さな肩が、かすかに揺れていた。


「……頑張ったね、ナーグル。お父さんもお母さんもいなくなって、不安だったよね。ラシャ姉のこと、守ってくれてありがとう」

ホニーはただ、それだけを伝え、しっかりと抱きしめた。


「ホニー姉ぇ……」

それ以上は言葉にでない。

抑えてきたものが、堰を切ったようにあふれ出す。


ホニーは、しがみついてくる弟を、そっと胸に抱いたまま、目を閉じる。

ナーグルの涙が止むまで、ホニーはずっと抱きしめる。


しばらくしてナーグルは顔を上げた。

目は真っ赤に腫れているが、そこにはいつもの笑顔が戻っていた。


「ホニー姉、ありがとう。……ホニー姉も、“星渡り”のお仕事、頑張ってね。僕、ずっと応援してるから」

その言葉に、ホニーは一瞬だけ眉をひそめた。


「……“星渡りのお仕事”って、ナーグル、それ……」

あまりに特定的な言い回。ナーグルがそんな言葉を知っているのは、不自然。


「……もしかして、まだ私の新聞、集めてるの?」


「うん!」

ナーグルは胸を張る。

「避難のとき、もってくるの大変だったけど……ホニー姉の新聞全部ちゃんと取ってあるよ!」

そう言って、誇らしげに笑う。


プロパガンダも混ざった“星渡りテンペスト卿”の報道。

本当はやめてほしいと思っていた。虚像としての自分に嫌気がさすこともある。


でも——


(ナーグルが、こうして笑ってくれるのなら……)


不思議と胸が軽くなった。

ほんの少しでも、誰かの支えになれているのなら。

(……ここに来て、よかったな)


「ねえ、ナーグル。さっきの質問だけど……赤ちゃん、男の子?女の子?」

尋ねると、ナーグルはにやっと笑い、指を口元に当てた。


「秘密っ!」

そう言って、ラシャの部屋へ駆けていく。


「ラシャ姉ー! ホニー姉が来たよー!」

勢いよくドアを開けるナーグルを、慌ててホニーが追いかける。



「ホニー、いらっしゃい。よく来てくれたね」

ベッドの脇から、ラシャが微笑んだ。

その声にホニーは思わず駆け寄って、彼女に抱きついた。


「ラシャ姉……!」


「……よく頑張ったね」

何がとは言わなかった。ただ、そう言って抱き返してくれた。


落ち着きを取り戻したホニーは、ラシャを見て尋ねる。


「体調、大丈夫? 何か必要なものあったら言ってね。なんでも持ってくるから」


「ありがとう。ホニーのおかげで、この避難先もすごく恵まれてるの。心配しないで」

その言葉に、ホニーはほっと胸を撫で下ろす。


「こっちに来て」

ラシャが促した先には、小さなベビーベッド——の前に、どっしりとした竜の姿があった。


「バトラ……!」

ラシャの契約竜バトラ。まるで衛兵のように赤ちゃんを見守っている。


「バトラ、怪我、治ったんだね」


「ああ。もう、問題ない」

静かにそう返し、バトラはまた目を閉じた。


ホニーはその脇をすり抜けて、ベビーベッドの前へと進んだ。

そこには——


「ラシャ姉、まさか……」


目を見開いたホニーの横で、ナーグルが得意げに笑う。


「ふふ、驚いた?」

ラシャは優しくベッドを見下ろす。


「あたしたちの子ども“たち”。双子なの。青い服がケイ、白い服がネマル。ケイが男の子で、ネマルが女の子だよ」

ふたつの命が、すやすやと眠っていた。

ホニーはそっと覗き込み、ちいなさ二つの命に微笑む。


(ケイくんに、ネマルちゃん。はじめまして……ホニーおばちゃんです)


声に出すのはやめた。起こしたくなかったから。

ただ、そっと額に手をかざす。



幸せな時間はあっという間に過ぎた。


本当なら、もっとここにいたい。

この静かな空間で、ただ家族と過ごしていたい。


けれど——


「ラシャ姉、来て早々で申し訳ないけど……私、もう行かないと」


「分かってる。……行ってらっしゃい」


ラシャはただ、そう言った。


まるで、子どもの頃。

「遊びに行ってくるね」と言った時に、母が言ってくれたように。


——帰ってくるのが当然だという、あの言い方で。

「ケイ、ネマル。行ってくるね」

ホニーは小さな命にそう告げて、部屋を後にした。


玄関先までついてきたナーグルは、ホニーの手をぎゅっと握った。

「ホニー姉……行ってらっしゃい。……絶対、帰ってきてね」


その言葉は、ただの挨拶じゃなかった。


大好きな姉との別れが、もしかすると、最期になるかもしれない。

そんな不安を、幼いながらも感じ取っていた。


「……大丈夫だよ。お姉ちゃんは、死なない。星渡りはね、神様にだって負けないんだから」

笑って言ったその言葉は、もしかすると、自分自身に向けたものだったのかもしれない。


ラシャの部屋に飾られていた写真——

そこに映っていたのは、彼女の夫の、遺影だった。


もう、これ以上、誰も欠けさせたくない。


(私が、この家族を守る。誰ひとりとして、もう二度と)

ナーグルを強く抱きしめながら、ホニーは静かに誓った。

ふたりの子どもたちは、父に会うことはない。


——だからこそ。


「もう誰も悲しませない」

その想いは、国や戦場を越えて、ホニーの胸に宿る。


それは、願いか、誓いか、それとも……

神すら倒す、ひとつの決意か。


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