第68話「コアガルの考え」
予定通りテンシェン機を釣り上げてから、神都アマツに到着したホニー。
任務の報告と、コアガル国王から託された親書を届けるため、オオクラ局長のもとへと急ぐ。
廊下を駆ける途中、不意に背後から声をかけられた。
「おや、ホニー君。もう戻って来ていたのか。」
振り返ると、オオクラ局長がにこやかに立っていた。
「はい。今まさにご報告に伺うところでした」
ふたりは並んで歩き、オオクラの執務室へ入る。
「……どうだった?」
椅子に腰を下ろすなり、オオクラは問いかける。
ホニーは親書を差し出しながら、静かに答えた。
「確証はありませんが、状況から見て、限りなく敵に通じているかと」
オオクラはため息をつきつつ、封を切る。
「……亡命政府の支援要請と、王家の国外脱出か。表は国を守るため戦いを激励し、裏では逃げ道の確保。見事なまでの二枚舌だな」
オペレーション・ファイアーフラワーの本来の目的は、同盟国・コアガルへの象徴的支援。
だが、真の狙いはその姿勢の真贋を見極めることだった。
コアガルは敵との停戦協議を秘密裡に進めつつも、シーレイアとの同盟を形式上は維持している、その情報が作戦実行前に入っていた。
どちらに転んでもいいように立ち回る――それが、シーレイアが抱くコアガルへの懸念。
「君の印象はどうだった?」
オオクラはホニーに顔を向ける。
「国王陛下は王家の存続を第一に考えている様子でした。
首相はシーレイアに恩義を感じているようですが、国民世論には逆らえないという雰囲気でした」
「つまり国王自ら、テンシェンに情報を流している可能性が高いと……」
「はい、首相や軍関係者は今回のファイアフラワーを利用し、世論の風向きを変えると。ですが、国王は王家あっての国であるといっていました……」
そしてホニーがシーレイアに戻るルートは、あえて国王にしか伝えていなかった。
そこに待ち伏せで多数のテンシェン戦闘機の配置。
オオクラの声に、疲労と失望の色が混じる。予想されていた最悪のシナリオが、現実味を帯びた瞬間だった。
「ファイアーフラワーも、外交も、囮任務も……よくやってくれたよ。
申し訳ないが、少し休んだらアクルに戻ってくれ。今後も別命あるまでヒサモト司令の指揮の下で動いてもらう」
「了解しました」
任務の区切りに、ホニーは静かに頭を下げる。
久々に感じる小さな安堵が、胸の奥に差し込んでいた。
***
テンシェン首都・コ-ロン。
天帝チュウエキの居する宮廷では、戦争を取り仕切るテンシェン国宰相ヨー・スートウが玉座前に控えていた。
「スートウ。テンシェンは、いつ天に立つ?」
声変わりすら始まらぬ、幼い少年のような姿。
だがその声には、凍てつくような威厳が宿っている。
「チュウエキ陛下。まもなくでございます」
スートウは深く頭を垂れ、確信に満ちた口調で応える。
「ローチェ参戦により、我らの戦力は温存できております。
レコアイトスの参戦後、ローチェが消耗したところで我が軍を投入する――それが最上と考えております」
味方を踏み台にする算段を、臆面もなく口にする。
「……あやつらリクリス正教など、蛮族に過ぎぬ。労せず搾取する。それが理だ。
リクリス様を全く理解しておらぬ。戦は下策。戦わずして勝つことこそ、真の支配者である」
天帝の言葉は、柔らかくも絶対的だった。
「まったくの仰る通り。我らリクリス教ハーシ派こそ、神の本意を体現する者。
ローチェには武勇がある。だが我らは、それを利用すればよいのです」
スートウは天帝を称え、ひざまずいたまま崇拝の眼差しを向ける。
「命ずる。覇道をもって示せ。
テンシェンこそが、リクリス神の降臨を迎える、唯一の地であると」
幼き姿は、その神聖性によってむしろ現実を圧していた。
宮廷にその声が響いたとき、誰一人、異を唱える者はいない。
圧倒的なカリスマ。テンシェンの天帝にはそれがあった。




