第67話「最速の竜」
ホニーは、コアガル国王から託された親書を手に、神都アマツを目指し再び空へと戻る。
今回は中継地点は通らず、最短での帰還。
目的はただ一つ──親書の速達と、それに伴う“敵の釣り上げ”。
「マート、釣れると思う?」
ホニーが気怠げに尋ねる。
「釣れると思うから、このルートで飛んでるんでしょ?」
マートは当然のように返す。
ホニーたちは、敵の待ち伏せを前提に、あえて占領下の南部諸島空域を通る空路を選んでいた。
今回の任務には、もう一つ、極秘の命令が含まれていた──
「テンペストの動向に、どれだけの戦力が割かれるか調べるように。そして、釣り上げろ」
***
「で、マート。どの機体が来ると思う?」
「どれが来ても、どうせ相手にならないでしょ?」
軽口のように聞こえるそのやり取りには、張り詰めた静けさが滲む。
任務ではないときなら、ホニーも戦闘機なんて見たくない。
だが、今日は違う。
「最近、鬱憤溜まってるし……来たら八つ当たりしよ」
「いいね。そろそろ派手に暴れたい」
気楽そうな会話。だが、あえてそのやりとりを──オープンチャネルの無線で流していた。
敵が聞いていることを、計算のうちで。
やがて、風の精霊がささやき敵の訪れを知らせる。
(……来た)
ホニーの探知が告げる。前方、そして後方。
まるで事前に分かっていて挟撃を狙ったかのように、敵機の影が空を裂く。
「ホニー、敵さんたくさんきたねー」
マートの声も、わざとらしく無線に乗せる。まるで“無線の切り忘れ”でも演出するかのように。
(この反応、2方向……挟み撃ちか)
ホニーは、後に現れた編隊の方角へ進路を取る。
明らかに“釣られた”編隊に向けて、自ら囮となって飛び込んでいく。
(さあ、誰が来る?)
視界の端に、赤色の翼が並ぶ。
テンシェンの戦闘機──スターイーター。
12機。まるで、ホニー一人を喰らわんとするかのような構えだった。
ローチェの姿は、ない。
(降伏勧告も、やっぱりテンシェン主導か……)
ホニーはコアガルに対し、裏で動く存在を感じ取る。
「マート、いくよ」
「任せて」
ホニーの掛け声に、マートが加速する。
急上昇。空の天井へ突き上げるような軌道で舞い上がる。
体にかかる重力をものともせず、ホニーは姿勢を崩さず指示を飛ばす。
「2時方向に転回、今!」
スターイーターたちも上昇し、白竜を追い詰めるように散開する。
その編隊は美しく、機動は洗練されている──が。
「マート、 7時へ急降下」
重力を味方に変えるように、マートが滑り落ちる。
反転。滑空。滑るように空を這い、銃弾の網をかいくぐる。
敵は射線を合わせるがどれ一つとして当たらず、ホニーとマートは重力さえ忘れたように、宙を舞っていた。
白い竜が、空に弧を描き、翼は風を操り、時間すら裏切る。
まるで重力など存在しないかのように──
十分に敵戦力を確認したホニーは、目標を果たしたと判断した。
「マート、戦線離脱。全力で逃げ切るよ」
「了解」
光を裂くように、白竜は弾かれるが如く駆けぬける。
そして──無線に、短く一言を残す。
「我に追いつく機体ナシ」
その言葉と同時に二人は最高速度に到達した。
その伝言を聞き、小さくなった点を見つめるテンシェンの操縦士たちの誰もが、一瞬、沈黙した。
空のかなた。
点になる白竜を、紅い翼が遠巻きに見つめている。
紅の機体──スターイーター指揮官機。
戦闘空域には入らず、虎視眈々と隙を伺っていたフェン・ウーランが静かに呟く。
「テンペスト。技量を上げたな」
マスク越しの声は低く冷ややかだが、どこか楽しげでもあった。
(射程外からの戦闘……あれでは分が悪い)
テンシェンのエース、精密射撃と空間制御の名手。
だが、ホニーとマートの“重力に縛られない飛行”は、武装した戦闘機では分が悪かった。
「テンペストを落とすには……“お荷物”がいる」
冷静に、感情もなく。
フェンは、そう言い残した。




