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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹


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第65話 「オペーズ」

──コアガル国首都、オペーズ。


開戦以来、幾度となく空襲と砲撃にさらされたその都市は、瓦礫と煤に覆われていた。

だが、その日の空は青く澄んでおり、白き天竜の影が、静かにその空を駆ける。


(……妙だ。敵機の妨害がない)


この空域は、以前なら確実に迎撃に遭っていたと報告があったエリア。

それが今は、嘘のように静まり返っている。


(……まさか。昨夜の反攻が、成功した……?)

ホニーがそう感じた刹那、編隊機の接近を感知する。

視線を向ければ、コアガル空軍の戦闘機がこちらに飛来してきている。


すぐに無線をオープンチャネルに切り替える。


「こちら、シーレイア連邦国・特命外交官、ホニー・テンペスト・ドラグーン。

 同盟国コアガルへの親書を携えて飛来した。敵意はない」


沈黙が一拍──そして。


『シーレイアの……テンペスト!?』

返答には、驚きと、わずかな安堵が滲んでいた。


『了解。テンペスト卿、空軍基地へ誘導する』



***


コアガル、オペーズ空軍基地。


傷ついた滑走路に、白き天竜が静かに降り立つ。

その背からホニーが降りると、係官に案内され、頑丈なコンクリートで作られた小さな応接室へと通された。


待機を命じられたホニーは、窓から外を見る。


(……ひどい有様)


半壊した格納庫。黒煙を上げたまま放置された機体。

だが、それでも空を飛ぶ者たちはまだ残っている。

整備員の手は止まらず必死で修理をしており、管制塔には光が灯る。


(士気は、死んでいない。沿岸部は壊滅したが、内陸部からの支援が大きい──)

そこまで思考を巡らせたとき、ドアがノックされた。


「失礼する」

現れたのは、コアガル空軍・幕僚長、レイ将軍だった。


「テンペスト卿──よくぞお越しくださいました」

年老いた将校は、深く一礼をしてホニーを出迎える。


「こちらこそ、突然の訪問にご対応いただき感謝します。……お元気そうで、何よりです」

二人は面識があった。

コアガルで行われた“星渡り”達成記念の式典──その折、レイ将軍はホニーを直々にエスコートした過去がある。


「シーレイアのご助力、痛み入ります。……昨日、我々は、開戦以来初めて──部分的ではありますが、明確な“勝利”を収めました」

レイは、まるで奇跡を語るように、そう告げた。


ホニーは黙って頷く。

昨夜、自身が参加した《ファイアーフラワー》。その余波が、ここにまで届いていたのだ。


「沿岸に展開していたタベマカ・インスペリの連合艦隊は、夜陰の中で壊滅状態に陥りました。

 今朝から、砲撃は一発もありません。──信じられない静寂です」


(……フジワラ局長、いったい何隻、潜水艦を送ったの?)


ホニーは、内心で呟く。

おそらく数十隻。それだけの戦力が、密かにこの海域に展開されていたのだろう。


(タベマカやインスペリにとって、ここはシーレイアの影響の少ない“後方”のはずだった。

 それが一夜で、“最前線”に変わった)


海のどこにも、もう安全圏はない──


「これまで、シーレイアの潜水艦は南部諸島が南限で国内防衛に限られていたと思っておりました。 まさかこの規模で、我が国まで援軍に来ていただいていたとは……」


レイの声に、ホニーはまっすぐ答える。


「我々、シーレイアは同盟国を見捨てることはしません。

 ……援軍が遅れたこと、お詫びします」

その眼差しには、飾り気のない真摯さがあった。


「……!」

レイは、言葉を飲んだ。

目の前の少女──シーレイアの国家の象徴であり、英雄と呼ばれる存在が、戦場に立ち、こうして“命を賭け書状を運んできた”のだ。


戦況が逼迫する中で、それでも他国を助けに来たという事実が、胸に重く響いた。


(大国ローチェ参戦で南部と北部の2面作戦を強いられ、シーレイアですら苦しいはずだ。それでも……我らを見捨ててはいない)


「政府と王家は現在、内陸のロックポーに避難しています。

 ……お手数ですが、そちらまでお越しいただけますか。先導機を用意いたします」


「ご配慮、感謝します。案内に従い、ロックポーへ向かわせていただきます」

ホニーは深く一礼した。


それは、外交官としてでも星渡りとしてでもない。

コアガルを気付かう、ホニー個人としての礼だった。

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