第6話 「竜と契約者」
衝撃の授与式から一夜明けた朝。
未だに状況を飲み込めていない二人。
ついには考えることを放棄し、空に逃げることに決めた。
「ホニー、飛行許可取れた?」
「うん。なんか……御使い様が、私たちが申請してくるの見越して口添えしてくれてたみたい」
ぎこちない笑顔で、ホニーは髪をかき上げる。
「なら今日は最速記録にでも挑戦してみる?」
調子が戻ってきたマートが、いつものノリで返す。
「よし、鬱憤全部置き去りにするくらい……いっそ音速、超えちゃおうよ」
「音速かー、いいね。夢あるよね。……ってことで、早く乗って」
そう言って朝の優しい日差しの中へ、ホニー達は勢いよく飛び立った。
***
その日、神都アマツ上空を駆け抜けた白き天竜は、後に「暴風が空を駆けた日」と記録される。
音速は超えられなかったけれど、飛ぶ前のもやもやした感情は、空の向こうに置いてきた二人。
「スッキリしたねー、ホニー」
「うん。……やっぱり、空っていいよね」
黄昏に染まりつつある空をゆっくりと飛行する。ホニーは珍しく言葉少なに、遠くを見つめた。
「”テンペスト”、か。私たちってさ、台風とか嵐になにかと縁があるよね」
「確かに。母さんたちの話じゃ、僕たちが生まれた日も大嵐だったんだよね」
マートもホニーの言葉に同意しつつ、よく小さいころ自分たちが言われたことを思いだす。
「うん。卵のマートが危ないからって、避難所に来たシェイおばさんと、たまたまそこにいたのが……臨月の私のお母さん。」
「そうそう。で、嵐の中同じタイミングで生まれて、いつの間にか契約してた」
少しの沈黙が二人を包む。
「なんで、生まれてすぐの赤ちゃんの私と契約したんだろうね」
「分かんないよ。竜って、人からお願いされて契約するって言うし……ホニーから頼んだんじゃない?」
「かもね……」
ホニーはふと、視線を空に上げた。
「テンペスト──ってさ、すごい名前だよね」
「うん。国家公認だし、神託だし」
「まだ、自分で名乗るの、ちょっと照れるんだよね」
言ってみて、自分でも笑った。だけどその言葉は、ほんの少し、胸の奥にひっかかっていたものを緩めてくれた気がした。
「でも……マート、私と契約して良かった?」
「うん。僕は最初の契約者がホニーで、本当に良かったよ」
二人の絆を確かめるように、静かな時間が流れた。
その中で、お互い今まであった色々なことを思い返してる。
「いろいろあったけど、これからも頑張ろうね。」
どちらからでもなく、お互いに同じ言葉を口にした。
「……ねぇ、マート」
しんみりとしていた 声の色が変わる。決意のような、悪寒のようなものを感じたマートが身構える。
「なに?」
「お小遣い貸して。昨日、授与式のあと意識がなくて……気づいたら、なくなってた」
「……はあ、やっぱり契約者、間違ったかも」
「お願いっ! それに、いっつも私が散財するとき止めてくれるマートが、昨日は止めてくれなかった責任もあるよ?」
言葉を返すのも面倒になり、マートは無言で降下を始める。
(まあ、閉まらないのがホニーだよね)
「ねぇマート! 返事して! ほら、相棒の一大事だよ!?」
黄昏の空にはホニーの声だけが響く。
***
うるさいホニーを無視して竜舎に降り立つと、マートはふと周囲の騒がしさに気づいた。
「……なんか、今日は賑やかだな」
あちこちから聞こえてくるのは、竜との契約希望者と竜たちの声。 「よろしく」「俺、お前に相応しくなるから」──どうやら今日は、竜と人との「契約選定の儀」の日らしい。
竜も人もお互いを認め称えあい、これからを語っている。
そんな様子をみて自分のうなだれてる契約者を見る。
「……分かったよ。昨日は僕の管理責任もあるし、貸すよ」
「ありがとー! さすが私の相棒。大好き!」
満点の笑顔で抱きついてくるホニー。
「でもナーグルに手紙で伝えるからね。“尊敬するお姉ちゃんが困ってます”って書けば、きっと小遣い送ってくれるかもよ」
「マート、それだけはダメ! お母さんに言うのはいいけど、ナーグルには言わないで! お願いっ!」
くるくると表情を変えるホニーを見て、マートはため息をついた。
(……まあ、僕たちは、これくらいがちょうどいいのかもね)
と、ホニーに聞こえない声で、そっと呟いた。
本日は全4話投稿予定です。次の7話投稿は 19時10分を予定してます。 8話は21時20分、8話閑話は23時10分です。