第63話 「不沈」
(──また、この闇の空か)
漆黒の夜空を、六つの影が低く滑る。
先頭をゆくのはホニー。特殊攻撃水上 《クサナギ》を率い、僅かな月光の空を翔けている。
満月の夜には“星渡り”。
新月の夜には“シューティングスター”。
そして今夜、空に浮かぶのは控えめな三日月。
そのわずかな光だけが、彼女たちの存在を示す。
***
移動中の艦隊を夜間に奇襲する──
最も困難なのは、敵の正確な位置を掴むこと。
だが今回、ホニーが受け取った情報源は想像を超えていた。
多数の潜水艦を投入し海龍と龍使いをコアガル近海に輸送。
配置された海龍と龍使いによる海中追尾。
位置情報の伝達は、共鳴魔法による直接連携。
しかも、それらはコアガル近海にすでに潜航展開しているという。
(海龍……か。天竜と違って、いまだ軍事価値は衰えていない)
天竜と対なる存在としてシーレイアのもう一つの象徴、海龍。
海龍と龍使いは大海を自由に翔ける存在。
(これだけの数を動員することは……フジワラ局長、本気なんだ)
ふと、記憶の中の声が蘇る。
『奇跡は万全を尽くし、初めて訪れるものです』
それはまだ、ホニーが“星渡り”と呼ばれる前に聞いた言葉だった。
(万全を尽くして、ようやく……か)
***
敵艦隊までの距離、およそ100キロ。
龍使いたちからの報告により、その方角と規模が絞られてきた。
(ここまでは順調。クサナギのパイロットたちも優秀だ。シューティングスターのときより……)
『こちらテンペスト。これより先行し、敵艦隊の正確な座標を確認します』
共鳴魔法でそう伝え、ホニーは加速する。
やがて、海の先に火線が走る。
コアガルの残存艦隊が、インスペリとタベマカの連合艦隊に夜戦を仕掛けていた。
照明弾。探照灯。砲火の閃光。
──だが、形勢は明らかだった。コアガルは劣勢だ。
彼らの戦艦は多くの被弾を受けつつ、なおも敵艦を照らし続けている。
その光に導かれ、陸上基地から来たであろう、コアガル空軍の爆撃機が夜の空を滑っていく。
(……決死の反攻か)
空母を失い日中の海上の制空権は失った。
だが夜間は空母からの発艦はない。だからこそ残存艦隊がある段階で夜戦を仕掛けたのだろう。
ホニーの胸に、同盟国の必死な抵抗が刺さる。
(共同で夜襲を? いや、僅か5機の編隊では援軍としてできることが限られる……)
風の精霊に問いかける。
風のざわめきに耳を澄ませると──
探知範囲の端、遥か遠くを進む艦影を捉えた。
(これは……)
ホニーは隊列へと戻り、即座に号令を下す。
『敵空母と推定される艦隊を発見。全機、四時方向に転進。雷撃態勢に移行!』
彼女の決断は、戦場の中心ではなく、そこから離脱する“本命”への奇襲。
クサナギの機影が、旋回とともに一気に高度を下げる。
月明かりの届かぬ水面、限界すれすれの高度へ。
わずか五機の編隊。
積まれている魚雷は、各機にたった一本。
この五本に、すべてを懸ける。
***
暗闇に目が慣れてきた頃、ホニーの感知が敵編成を完全に捉えた。
空母一隻。護衛艦が二隻。
(護衛が少ない──これなら、刺さる)
『クサナギ3、クサナギ4──そのまま、方角、高度維持。投下ッ!』
二機が応答と同時に、魚雷を投下し、水面に白い航跡が二筋、疾走する。
その刹那──
轟音とともに、海面が爆ぜる。
──ズドォォオォン!
夜の海に、ようやく“奇跡”の幕が上がる。
だが、それは偶然でも神頼みでもない、すべてを尽くし選び抜いた“必然”の一撃。
敵空母の艦腹が、二つの巨大な水柱に呑まれた。
(命中……!)
ホニーの目は、なお前を見ている。
空母はヤった、残るは護衛艦の2隻だ。
護衛艦へ雷撃を行うか、コアガルの夜戦へ援軍に向かうか。
次の行動を考えようとした瞬間、海域全体で異変がおこる。
その瞬間、ホニーの背に悪寒が走った。
──精霊の気配が、消えた。
空母を中心に、まるで何かが“喰らった”ように、周囲の精霊濃度が急激に低下した。
同時に、艦そのものから強烈な魔力の脈動が広がっていく。
(なに、これ……!?)
爆音と水柱。
だが、水が落ち着いた先にあったのは──炎に包まれた残骸ではなく、いまだ傷一つなく航行する空母の巨影だった。
「嘘……完璧だったのに……」
ふらついた意識を、マートの声が引き戻す。
「ホニー、前を見て。まだ終わってない!」
──そうだ、まだ魚雷は三本ある。
「クサナギ3、クサナギ4は敵艦隊を牽制! クサナギ1、2、5は私が再び先導します!」
ホニーは共鳴魔法と無線封鎖を同時に解いた。
敵に聞かれることも承知で、僅かな撹乱に賭ける。
「クサナギ3、了解。敵艦を引きつける、派手に行く」
「クサザギ4、了解。大きな花火を期待してるぜ」
奇跡を信じるクサナギのパイロットたちが、闇の中で咆哮する。
ホニーは、無情にも彼らを“囮”にする命令を下した。その罪を、胸の奥に刻む。
(ごめん……必ず、報いるから)
雷撃のため、ホニーたちは艦隊から一時離脱。
「クサナギ1は八時方向へ、2と5は九時から旋回……次、十時に向けて一斉投下に移行」
「了解。クサナギ1、進路修正」
「クサナギ5、追随する」
各機が静かに動き出す中、敵艦隊の前面ではクサザギ3、クサザギ4の2機がその身を晒していた。
囮役を任された2機。だか戦意は溢れている。
「オケフ曹長、やるぞ。」
クサナギ3のパイロット、ランテ軍曹がクサナギ4のパイロットのオケフ曹長に言葉少なく告げる。
「俺たちで暴くぞ」
ランテ軍曹も応える。
敵空母が雷撃を不自然に堪えた正体。
次の雷撃敢行まで自分たちが、暴くのだと。




