第61話 「ファイヤーフラワー」
神都アマツ。
夕刻前の街には、普段の活気が見られなかった。
「マート、なんか神都もちょっと暗いね」
ホニーは竜の背に揺られながら、上空から通りの様子を見下ろす。行き交う人々はうつむき、商店の明かりもまばら。戦争の影が、神都にも確かに落ちていた。
「北部列島でも戦いが始まってるしね。神都も絶対に安全ってわけじゃない」
マートの返事は、珍しく冷静で重い。
外交局前でマートと別れる。特命外交官としての任命されてからは、もはやホニーは一人で託されるのが常だった。
「また無茶言われそうだけど、ほどほどであることを祈ってて」
「ホニーの任務に“ほどほど”が来た試しあったっけ?」
マートから容赦ないツッコミが入る。
互いに苦笑して、ホニーは外交局の奥へと足を進めた。
***
「失礼します。テンペストです」
執務室に入ると、オオクラ局長が席を立って迎えた。
「ホニー君。待っていましたよ」
オオクラは椅子を勧めると、すぐに本題に入る。
「まずは開戦後の対応に心から感謝する。君のおかげで、我が国はまだ立っていられる」
「……いえ。私も、できる限りのことをしているだけです。もっと力があればと、救えるものがあったのにと、いつも思います」
ホニーは小さく頭を下げた。
「そのうえで、さらに無理を頼むことになるのだ。すまないね」
オオクラの声に、ホニーは身を起こす。
「御使い様の親書を、とある作戦への協力の後、コアガルへ届けてほしい」
「作戦への協力……ですか?」
ホニーの表情がわずかにこわばる。
「ええ。コアガルは今、降伏寸前。何としても持ちこたえてもらいたい。そのための一計です」
差し出された作戦書の概要に目を通したホニーは、すぐに顔を上げた。
「オオクラ局長、私がワタリ司令を更迭した理由をご存じですよね?」
「もちろん。今回の作戦は、フジワラ局長が全て把握した上で立案しています」
「……つまり無茶ではあっても、無理ではなく、蛮勇ではない。そういうことですね」
そこには、かつてホニー自身が否定した戦法が記されていた。
――コアガル近海の敵主力艦隊を、夜間爆撃で叩く。
――“シーレイアは味方を、同盟国を決して見捨てない”と示す、視覚的かつ象徴的な一撃。
《オペレーション・ファイヤーフラワー》と名付けられた作戦だった。
「敵艦隊の位置は、フジワラ局長がある程度掴む予定とのことです」
「……夜間爆撃の最大の障害を解決する手を、あの人が?」
ホニーは苦笑した。
「まるで、全部読まれてる気分になります」
「“あとは先導者の腕次第”だそうです」
「フジワラ局長らしいですね……」
ホニーは短く息を吐くと、視線を真っ直ぐオオクラへ向けた。
「オペレーション・ファイヤーフラワー、承ります。
コアガルの海に、盟友のため、盛大な炎の花を咲かせてみせます」
ホニーは自分を奮い立たせる意味も込めてオオクラに宣言する。
「ホニー君、よろしく頼む。今から合流地点を伝える。明朝出立するように。」
「了解であります。明朝出立したします。」
ホニーは簡潔に応じた。
そしてあくる朝、ホニーは飛行場へ向かい、マートの背にまたがると空へと舞い上がった。
敵占領下のエリアを大きく迂回しながら、目指すは合流地点。
マートと二人きりの空──そこだけが、ホニーが素直になれる場所だった。
「……オペレーション・ファイヤーフラワー、本当に成功するのかな」
夜間、それも移動中の艦隊への攻撃。基地襲撃より遥かに難易度が高い。
敵艦の位置が分かっているとはいえ、簡単な話ではい。
「普通に考えたら無理だよ。でも……作戦立案者がフジワラなんでしょ?」
マートの声に、ホニーは頷く。
「うん。だから、何か隠し玉があるはずなんだ」
現状、シーレイアにはコアガル近海へ空母を派遣する余力はない。
空母を出せば護衛艦も伴うことになる。
その艦隊規模での移動となれば、いかに敵とはいえ気づかれる。
「レコアイトスから援軍が来てるとか……?」
マートが推測を口にする。
「そうだったらいいけど……まあ、合流海域で分かるはずだね」
ホニーは淡い希望を胸に、一路、洋上の座標へ向かう。




