第60話 「南部諸島軍新司令」
特命外交官の権限により、ホニーはワタリ司令の更迭を命じた。
その後の指揮権はノムホイ副司令に任せるつもりだったが──今は戦時中。しかも、ここは前線基地アクル。
司令官が交代し、しかもそれが軍属でなく危機管理局長の代行権限を持つ人間によるものとあれば、混乱しないはずがない。
星渡りの名を冠していても、所詮は軍事は異分野の存在。
そう思われ、現場の空気は凍りついていた。
(……もういい加減、寝たい)
だが、ホニーは司令室でノムホイや作戦幕僚たちと会議を続けていた。
更迭の理由と、その裏付けとなる空母への夜間爆撃の現実性、そして天竜と艦隊・航空機の連携の可能性を提示する──
場当たりで感情的に動いたと思われないように。軍の士気を下げぬように端的に説明をした。
(なんで、あんなに喋っちゃったんだろ)
その自省が、彼女の地獄の始まりだった。
空から戦力を見渡せる視座。士官教育で得た戦略眼。
星渡りとしての実績と、アクル航空隊との深い縁、レコアイトス留学で学んだ新運用論。
その全てが、彼女を「臨時補佐官」という名の実働司令官へと押し上げた。
「……責任、取れってことだよね」
ホニーは打診された時のやり取りを思い返す。
「ノムホイ副司令、申し訳ありません。体力も魔力も気力も……あの夜間戦でほとんど使い果たしました」
更迭宣言をしてから約六時間、ホニーは一睡もせずに司令室に詰めていた。
「せめて、三時間。仮眠の時間だけでもください」
本音では丸一日寝込みたかったが、それを言えば本当に倒れそうだった。
「テンペスト卿、非常時なんだ。もう少しだけ頼む」
──四度目の『もう少し』に、ホニーは首を振った。
「……申し訳ありません。もう限界です。三時間後に必要なら叩き起こしてください。必要ないなら三日寝かせてください」
そう言い残し、司令室をあとにした。
(……やっと寝れる)
宿舎にたどり着いた瞬間、ホニーは一瞬で意識を手放した。
***
ホニーが目を覚ましたのは、それから丸二日が経過してからだった。
起きたことが分かると、伝令が簡潔に告げた──
「体調が戻り次第、作戦司令室へ」
ワタリ更迭から三日。ホニーが再び司令室を訪れると、そこにはいるはずのない見知った顔が。
南部司令の席に座っていたのは、中部諸島軍のヒサモト司令だった。
「来たか。テンペスト卿」
「はっ、ヒサモト司令。アクルまでご足労いただきありがとうございます。後任の選定、よろしくお願いします」
ホニーが頭を下げると、ヒサモトは静かに首を振った。
「まずはテンペスト卿、思い切った英断ありがとう。ここで下手を打てば奪還したアクルを失うところだった。」
ヒサモトからホニーにワタリの強硬策を止めたことの感謝が伝えられた。
「そして、後任はワシだ」
──予想外の言葉だ。
・霊都との連携に必要な現場感
・南部の有力軍人は多くが戦死
・中部は副司令でも当面回せる体制
・切迫した戦線を押し返せる手腕
その四点が、ヒサモト自身の就任理由だった。
「テンペスト卿。外務局のオオクラ局長からの伝令を預かっている。体調が万全になり次第、至急神都アマツへ戻るように、とのことだ」
静かな口調で、だが重く。
「……了解いたしました。三日後、出立させていただきます」
至急とのことなので、本来であれば本日出立を考えた。
だが、まだ魔力は十分に戻っていない。戦闘空域を通過することを考えたら三日は回復に必要だったと判断した。
ホニーは敬礼し、背筋を伸ばす。
(この局面で、わざわざ神都召喚……)
命令の裏にあるものを、彼女は肌で感じ取っていた。
戦闘は出来ないホニーだが、強硬偵察や夜間哨戒の任務では欠かせない存在だと南部戦線では認識されていた。
アクルを奪還し、反攻作戦を開始した段階での戦線から外れる任務。
(これは──本当に、重い任務だ)
命令を受けホニーは覚悟を固める。




