第59話「精霊制御技術」
神都アマツ。
重厚な扉の奥、密やかな一室に、シーレイア各分野の技術者たちが顔を揃えていた。
いずれも国家の頭脳とも言うべき者たちである。だがその表情には緊張と困惑が入り混じっている。
「お集まりいただき、感謝いたします。」
その声の主は、謎に包まれた存在──御使い様。
姿も声も、まるで誰とも判別できぬ異形の装束に包まれ、ただ“意思”のみが部屋の空気を支配していた。
戦時下とはいえ、これほどの人材を一堂に集めるなど異常事態だ。
技術者たちは言葉にはしないが、「まさか人の道を外れた、禁忌の兵器を開発せよというのか」と、心の奥で怯えていた。
「本日、皆様にお見せするのは──テンシェンの精霊制御技術です」
その一言に、室内が凍りつく。
シーレイアもレコアイトスも血眼で追い続けていた技術。
敵国タベマカやインスペリの兵器に搭載されながらも、両国にすら製法・詳細な制御方法は一切秘匿とされていた。
なぜ御使い様が、それを知っているのか。いや、なぜ御使い様から情報が開示されるのか。
誰もが言葉を呑んだ。
提示されたのは、小さな細長い電球のような構造物だった。
見た目はただの旧式の真空管、しかし──
「この中には“微精霊”が封じられています。これが、精霊制御の“核”となる増幅器です」
場の誰かが息を呑んだ。
「御使い様、発言よろしいでしょうか」
沈黙を破ったのは、魔導技工局・首席技師長のヨホミ。
厳しい視線のまま、真っ直ぐに御使い様を見据える。
「ヨホミ首席、どうぞ」
「我々も、それと同様の部品を分析・解析いたしました。しかし、精霊反応は一切計測できませんでした。これは……本当に“精霊制御基盤”なのですか?」
プライドゆえの疑念。その問いかけは、ほとんど柔らかな異議申し立てに近かった。
だが御使い様は微動だにせず、言った。
「ええ、事実です。星々の神に誓いましょう。そして、なぜ我々がそれを解明できなかったか──その理由も、すでに判明しています」
続けて明かされたのは、驚くべき真実だった。
テンシェンの増幅器は、特定の宗教魔術体系──すなわちリクリス神への祈祷を起動条件としていたのだ。
「我々の国には、リクリス信徒は存在しません。そしてリクリスの神域も存在しない。祈りの魔術が発動しない以上、装置も“死んだまま”だったわけです」
御使い様は、淡々と、冷静に告げた。
リクリス神に“調律・支配”された微精霊。
それらが他の精霊を引き寄せ、洗脳し、支配し、エネルギーを魔術体系に変換し、消費させる。
まるで精霊という名の“生きた燃料”を、信仰の檻に閉じ込めるかのように──
「こ、こんな技術が……許されていいのか!?」
ヨホミの声が震えた。
室内の誰もが、その技術の“行き着く先”に思い至ったのだ。
それは、すべての精霊がリクリス神に従属する、信仰による支配の完成形である。
「安心してください。テンシェンは、意志を持つ高位精霊の制御には未だ成功していません」
御使い様の口ぶりは、まるで敵国の研究事情を全て把握しているかのようだった。
そして──本題が告げられる。
「本日、皆様を招いたのは、この事実を伝えるためではありません。この“増幅器”を、シーレイア用に改修していただきたいのです」
御使い様が手を振ると、詳細な設計図が一人ひとりに配られた。
それはテンシェンの技術そのもの──だが同時に、注釈がびっしりと書き込まれている。
「これは命令ではありません。あくまで、共存の道を拓く“提案”です」
御使い様の言葉は静かに、だが確実に彼らの胸を打った。
──洗脳ではなく、共生による制御。
──信仰ではなく、共鳴による増幅。
シーレイアに、ひとつの可能性が託される。
「シーレイアの頭脳である皆さんの力を、信じております。綺羅星と共にあらんことを」
それだけを告げて、御使い様は部屋を後にする。
残された人々は、誰も言葉を発しなかった。
だがその背中を見送りながら、技術者たちの脳裏には、ひとつの問いがよぎっていた。
──なぜ御使い様は、これを知っている?
そして──この“設計図”は、一体どこから手に入れたのか?
技術者達への資料。それはあまりにも詳細に記載されたものだった。
スパイ、拷問、尋問、どれをしてもこれほどの情報は手に入らないはずだ。
それはテンシェンの精霊支配技術を開発した技術者の記憶。
その全てを知っていなければ、不可能なレベルの資料だったからだ。
アマツの空に風が吹き抜ける。
戦局は膠着しつつあった。
だがテンシェンがリスクを冒して前線アクルに送り込んだ“チョウ・テンカ”の戦死は、
各国の戦略を──いや、神た精霊との関係すらも変え始めていた。




