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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹


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第58話 「ローチェの標的」

神都アマツ作戦司令室。

アクルからの報告を受け取ったフジワラは、思わず小さく口角を上げた。


テンペスト卿が夜襲作戦の戦闘隊長を務め、奇跡的な成功を収めた──だけではない。

その彼女が、特命外交官としての“伝家の宝刀”を抜いたのだ。


(あの、命令ひとつでオロオロしてた頃が懐かしいですね)


フジワラは目を細めて笑う。

かつては意思表示すらままならなかった少女が、いまや国家の制度を動かし、司令官を更迭した。


ワタリ──あの男には、もともと不安があった。


防衛的な才は悪くない。陣地構築や補給線維持は丁寧で、実直さもあった。

だが攻勢に出ると、理を超えた願望に手を伸ばしてしまう癖がある。

図上演習では優秀でも、現場では往々にして“自滅”するタイプだった。


(テンペスト卿の奇跡に目がくらみ、“英雄”の座への欲がでたか……)

フジワラの中で、ワタリの評価は完全に確定した。


とはいえ、ワタリが築いた防衛網は悪くない。

むしろ、ここで指揮官を切り替えるには、絶好のタイミングとも言える。


(──さすがですね、テンペスト卿。やはり彼女は“持っている”)


そう思いながら、フジワラは足を進める。

行き着いた先は、外務局長オオクラの執務室だった。


「オオクラ局長。少し、頼みごとが」

ドアを開けるなり、前置きもなく本題を切り出す。

フジワラにしては珍しいほど、早い口火だった。


「ホニー君の件か?」

オオクラは目を細めて、書類から顔を上げた。

「審議会は神前で行われる。おそらく問題にはならんだろう」


「ええ、その件には私も異論はありません。……ですので、今回は別件です」

フジワラは、にこりと穏やかな笑みを浮かべる。

それが、次の言葉の不穏さを際立たせた。


「テンペスト卿をお借りしたい。星渡りとして──コアガルへ親書を届けていただきたい」

オオクラの瞳が一瞬、鋭さを帯びる。


「……コアガルが、落ちると?」


「その可能性が高くなってきました。

レコアイトスの援軍が到着するには、あと三か月。空母なきコアガルは持ちません。

かといって、こちらから空母を回せる余力もない」


コアガル──シーレイアの同盟国。

開戦直後、保有していた正規空母三隻を一挙に喪失。

海軍の中核は壊滅し、港湾は断続的に爆撃を受け、沿岸都市は機能を停止している。


交易は封鎖され、軍事支援も途絶えた。

民間人の犠牲は最小限に抑えられてはいるが、国民の心が折られかけていると判断した。


「希望が、必要なのです」

フジワラは静かに言った。


「彼女が“星渡り”として現れたならば──コアガル国民も、施政者も、一時的にでも踏みとどまれる」


「……彼女だけは敵への攻勢は実現できない。ということは“あれ”を使うのか」

オオクラは背もたれに体を預け、目を細めた。


「運用には難があるはずだ。まだ実戦配備には──」


「長期運用では、です」

フジワラの笑顔は変わらない。だが、その声だけがどこか胡散臭い。


「一度だけなら、十分可能です」


オオクラは机の上の書類に目を落としたまま、数秒黙す。

やがて、小さく頷く。


「……君の読みを信じよう。テンペスト卿は、確かに今、“何か”を超えた」

フジワラは深く頭を下げる。


「すべては、勝つために。──そして、“続ける”ために、ですね」


戦局は変わりつつある。

英雄の名を持つ者たちが、次の戦場へと歩き出していた。


***

一方、電撃参戦をしたローチェ帝国・極西軍アーミム本陣。


将軍バルクーイのもとに、戦況報告が次々と届いていた。


陸ではローチェが圧倒的。だが、シーレイアは島国。

陸続きでない以上、機甲師団の展開速度に限界がある。

報告に耳を傾けながら、バルクーイは静かに地図へと視線を落とす。


「海軍力はシーレイアに分があり、空は拮抗、陸では我が方……長期戦は避けられんな」

思った以上に早かったアクルの奪還。

シーレイアの動きは、ローチェの想定を超えていた。


「バルクーイ将軍、よろしいでしょうか」

機甲師団長クラークスが進言の許可を求める。

「申せ」


「先日のジャッカ夜間爆撃により、弾薬備蓄が壊滅状態です。一時、前線を後退させるべきかと」

バルクーイは唇をかすかに歪めた。


「物資の輸送と補給など、インスペリとタベマカに任せていたが……それすら満足に果たせんとは」


しばし沈黙し、やがて短く命じる。

「前線をジャッカ基地まで下げろ。戦力を再編せねばなるまい」

そして続けた。

「この機を以て、タベマカとインスペリの指揮権は我らが預かると通達せよ」

後方支援すら満足に行えぬ両国に、今や口を挟む資格はない。

それが、ローチェの軍務を預かる者としての結論だった。


ふと、皇帝メトチャフの言葉が脳裏をよぎる。


──星渡りに、警戒を怠るな。

──あれは、神話に踏み入れる存在。


出征命令とともに下された、あの言葉。


「……神言、感謝いたします。我が軍は、神話すら打ち破りましょう。そしてなにより英雄たる私、バルク―イが。」

当時の自分はそう応えた。

戦えぬ白竜一騎で空を駆ける小娘――そんなものが神話の再現などと、内心では嘲笑っていた。


だが。


いま目の前にある現実は、皇帝の予言と寸分違わぬものだった。

精霊濃度の乱れ、アクル奪還、そして空戦の変転、夜間強襲。

あの少女ひとりが、作戦全体を捻じ曲げる。


神に等しき法術士。神を降ろす降霊術士。そして――

神を討った星渡り。


「再現不可能だからこそ、神話は神話なのだ」

そう言った皇帝の声が、今も耳に残る。


(だが――もし、それを再現できる存在がいるとしたら?)


バルクーイは、目を閉じ、静かに祈るように思索した。

(それは、もはや人の域にあらず)


「クラークス」

「はっ」

「……天啓が降った」

その声音は、将軍のものではない。大司祭としてのそれだった。


「極西軍の次なる軍事目標――それは『星渡り』の撃墜である」


クラークスは言葉を失う。

たった一人の少女の殺害を、最優先の戦略目標とする。

それが、将軍からの明確な宣言だった。


「リクリス神がもっとも欲するもの。それは、シーレイアの神話の失墜だ」

バルクーイの語調には、神々しさが帯びる。


「神話の具現者が現れた今こそ、我らが信仰の真価を証明するとき」

「星渡りを屠る。神話を破壊する。それが唯一神リクリス様への最大の供物である」


バルクーイの言葉に、クラークスは心を奪われていた。

軍議の場は、すでに戦略会議ではなくなる。


それは、信仰に殉ずる使徒たちの“祭壇”となっていた。

開戦当初と違いシーレイアとローチェという、二つの大国の戦争に様変わりしつつある戦況。

そして参戦していない残る2つの大国テンシェンとレコアイトス。


多神教の星導教とミルキー教、一神教のリクリス教。


状況は単なる国家間の争いの規模ではなくなってきていた。


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