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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹


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第57話 「特命外交官」

夜がまだ空を支配している時間。

爆撃機部隊が帰還の報を送ると、アクル飛行場は一時的に明かりを灯し、滑走路を照らす。


闇に慣れた目には眩しいほどの光。

何機かは着陸に手間取ったが、最終的に全機が無事帰還を果たした。


──オペレーション・シューティングスター、成功。

その知らせに、司令部は歓喜した。

とくにワタリはこれまで戦線構築・防戦では大きな功績があったが、反攻作戦では大きな戦果を挙げれていなかった。


(竜使いの小娘がやってくれたか。)


帰還後、作戦参加者は格納庫の一角に集められた。

そこにワタリ司令が現れ、労いの言葉の後、唐突に冷ややかに告げる。


「本作戦は機密指定とする。しかるべき時が来るまで外部への口外を禁ず。

違反した者は、スパイとして処分する」


一気に静まり返る場内。

喜びに沸いていた空気が、ピンと張り詰める。


「テンペスト卿はこの後、作戦司令室まで来てくれ」

ワタリは有無を言わない様子でホニーに告げた。


魔力も体力も限界を超えたホニーに、さらに命令が下されたのだ。

(……私、三日は動けないって言ったよね?)


疲労と苛立ちを噛み殺し、ホニーは命令に従った。


***


作戦司令室。

ホニーが入ると、ワタリ司令のほか、南部諸島軍の幹部数名が集まっていた。


「来たか。さっそく本題に入ろう」

ワタリは地図を広げ、言った。


「三日後、再び夜襲を決行する。標的は、南部諸島攻撃部隊の中核──敵空母群だ」


軍を預かる司令にしては、あまりに唐突な命令である。


「申し訳ありませんが、それは不可能です。魔力は枯渇しており、三日では回復しません。

また、夜間爆撃で動く艦隊を狙うのは現実的ではないかと」


ホニーはできる限り穏やかに返答した。だが、次の瞬間、ワタリの声が鋭く跳ねた。


「甘えたことを。今回は被害ゼロだったのだろう。余裕があるということだ」

ホニーの眉がわずかに動く。


「それに、貴様は戦闘もしておらん。先導しただけの小娘が、口答えをするな」

明らかに不快感を募らせる幹部たちの視線が、ホニーに向けられる。

ホニーはワタリの経歴について思い出す。


人格に難あり、苦境に立たされた防衛は強いが好転したタイミングで攻め急ぐ指揮官。

前南部諸島軍シャッハ司令から運用・指揮能力に難ありということで、司令部から外された経歴があった。


そして今いる取り巻きも、ワタリを外したタイミングで異動させられた者たちであることに気付く。


「国の危機だ。我々の指示に従え。天竜など、もはや時代遅れ。使えるうちに使われておけ」

ホニーは、その言葉に奇妙な懐かしさを感じた。


(……この目。久しぶりだな。星渡りを達成してから、誰も私をこう見なくなった)

傲慢と軽視。

功績を目の当たりにしても、それを認めようとしない男たち。


「ワタリ司令、再考をお願いします。洋上の夜間爆撃は、地形も灯りもなく、標的の把握すら困難です」


「くどい。命令は変わらん。やるのだ」

ホニーの静かな口調が、逆にワタリの苛立ちを掻き立てた。


その時──ホニーの目から光が消える。


(このままでは、この男の無謀で多くの仲間を失う)


(この男が上にいる限り、この戦線は潰れる)


”ある覚悟”を固めた。


そしてホニーのまとう空気が変り、室内の温度が一気に下がったような錯覚が起きる。

まるで、神託を告げる者のような、重さが場を支配した。


「ワタリ・ターサイ。特命外交官の権限により、南部司令官の職を解きます」


言葉の意味が理解されるまで、一瞬の間があった。

それでも、誰も口を開けなかった。ホニーの圧が、それほどに異質だったのだ。


「後任は中部諸島方面のヒサモト司令に選任を依頼。正式な通知は私が外務局に報告します」


「おのれ……何様のつもりだ!」

ようやく声を振り絞ったワタリが吠えた。


「外務局・特命外交官、ホニー・テンペスト・ドラグーンです。

特命外交官の任命には危機管理局長承認が必要というのはご存じですよね。」

ホニーはワタリをしっかりと見つめながら通達する。


「そして、非常時には現場指揮系統に介入する権限、危機管理局長の代行権限が付与されています」

ホニーの声は冷静だった。


「なお、この命令が不当であると判断された場合、私は死罪に処されます。

ですが──無謀と奇跡の区別もつかぬ指揮官に、この国の命運は託せません」

完全に場の空気が沈黙に支配された。


ホニーはワタリをまっすぐに見据えると、静かに命じた。


「その者を独房に拘束し、神都へ移送の手配を」

副官たちは逡巡したが、誰も異を唱えることが出来ない。

数人の兵が進み、ワタリを拘束して連れ出していく。


その場に残ったホニーは、静かに問うた。

「新たな指揮官が到着するまで、代理司令は軍規に基づき、ノムホイ副司令でよろしいですね。異議ある方は?」


沈黙──肯定の沈黙が返ってきた。


南部戦線の崩壊は、一人の小娘の覚悟により防がれたのだ。




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