第54話 「お友達」
竜の里アクル島──かつて精霊の風が舞い、人々が暮らしていた故郷。
その空に、低く唸るようなエンジン音が響いく。
荒れた滑走路に、軍の輸送機がぎこちなく着陸する。
まだ修復が済んでいない飛行場の一角に、土埃を舞い上げながら機体が停止した。
荷台が開き、次々に物資の木箱が降ろされていく中、
その隙間から、荷物のように一人の少女が降りてきた。
「いやー、御使い様も人遣い荒いっすよ。荷物扱いで前線送りとか、さすがに泣けるっす……」
ボサボサの髪、寝不足の隈、そしてだらしない歩き方。
とても軍の一員とは思えない緩さを纏ったその少女──《カラス》。
その正体は御使い様の直属の密偵にして、降霊術士である。
だがそれを知らされているものはいない。
周囲の兵たちは、「御使い様相応の扱いを」との命を受けていたが、
それがこの少女に適用されることに、誰もが違和感を抱いていた。
「……なんで物資と一緒に、こんなやつが?」
誰かが呟くが、誰も正面から関わろうとはしない。
その場に不自然な“空白”が生まれた。
カラスはのびをしながら、ふと横を通る少女に気づく。
「あっ、ホニーちゃんじゃありませんか!」
無邪気に手を振る声に、ホニーは思わず足を止めた。
「……どなたさまですか?」
いつものように笑顔は作るが、声にはどこか硬さがある。
ホニーは上陸し再び目にした故郷アクルの惨状を見た後で、心が深く沈んでいた。
「失礼しました。訳あって名前は名乗れませんが、御使い様のお友達っすよ」
カラスはニコリと笑う。
「お友達……?」
その響きに、ホニーの瞳がわずかに揺れる。
御使い様の“部下”なら何人も知っている。だが、“お友達”と名乗る者は──聞いたことがない。
「はい、お友達っす。……で、ホニーちゃんにお願いがあるっす」
言いながら、彼女は封印の施された封筒を取り出す。
御使い様の紋章が刻まれた、それは確かに本物の手紙だった。
手紙を手にすることが出来るのは限られた人間だけのはずだ。
(御使い様直々の密命……この人、ただ者じゃない)
ホニーは手紙を受け取りながら、できるだけ関わらないようにと一歩引く。
「それで、お願いってなんでしょうか?」
「テンシェンの精霊研究施設。爆撃で壊れた場所まで案内お願いしたいっす」
ホニーは息を呑んだ。
そこは、チョウ・テンカがいた場所である。
──忌まわしい記憶が刻まれた土地。
「……分かりました。でも、瓦礫しか残っていませんよ?」
「大丈夫っす。見るだけっすから」
カラスの返答は軽かった。だが、その軽さの裏に何かがあると、ホニーは直感で感じていた。
***
数時間後。焼け焦げたコンクリの残骸だけが転がる、かつての研究施設跡地。
「たぶん……ここです」
ホニーは足元の黒い土を見つめながら言った。
地面は、焼けた硝子と金属片が入り交じる。
「サンキューっす」
カラスは、何かを探るようにその場にしゃがみこむ。
ホニーは静かに離れようとした──その時だった。
「ホニー・テンペスト・ドラグーン。君には、知る義務がある」
その声に、ホニーの背筋が凍る。
先ほどまでの陽気さは消え、圧倒的な“何か”が彼女の背後に立つ。
気温が一気に下がったような錯覚。
空気が薄くなる。足が、動かない。
「……なに、を?」
振り返ることができぬまま、ホニーは声を漏らす。
カラスの声が変わる。
幼さを帯びていた声が、冷ややかに澄んで響く。
『この地に留まりし魂よ、我の元へ収束せよ』
瞬間、風が止まり、音が消える。
『魂収結実』
焼け焦げた大地に、影が伸びる。
目に見えない何かが──地に染み込んだ“魂”を引きずり出すような重い空気が、ホニーの胸を締め付けた。
数秒。いや、永遠のような一瞬。
そして空気が解けた。
「ありがとっす、ホニーちゃん!」
再び、先ほどまでの明るい声色が戻ってくる。
カラスは立ち上がり、何事もなかったように笑った。
「……今のは?」
ホニーは自分でも驚くほど低い声で訊いた。
「ホニーちゃんなら教えてもいいっすけど……聞きたいっすか?」
「……結構です」
ホニーは首をぶんぶんと横に振った。
どう考えても国家機密レベルの術だと漠然とだが感じていた。
(知ったら、色々と終わる気がする)
「いやー、ホニーちゃんがいて助かったっす。他の人じゃこの術は見せられないっすからね」
カラスは、にこにこと言葉を続ける。
「改めて、ウチのことは“カラス”と呼んでほしいっす。もう、お友達っすから」
「……お友達?」
「そう、お友達っす。つまり──御使いちゃんとも友達の友達なんで、お友達っすよ!」
「へえ……そうなんですねー……」
ホニーは思考を停止した。
カラスの“圧”と“軽さ”の往復に、疲れ果ててしまったのだ。
けれど、ほんのひととき──
故郷の廃墟に立ち尽くす自分を忘れられたことは、少しだけ救いだった。




