第5話 「テンペスト」
ホニーの勲章授与が決まる、少し前のことだった。
「フガク首相補佐官、鎮魂祭の特例申請の件で少々お時間をいただけますか?」
一人の男が、補佐官に声をかけた。男の名はフジワラ。シーレイア連邦国危機管理局の局長で、目元の笑みが胡散臭さを隠しきれていない。
「……フジワラ局長か。あの件ならもう結論は出ているはずだがな」
フガクは面倒そうに顔をしかめ、話を切り上げようとした。だがフジワラは懐から一枚の新聞を取り出す。
「この記事をご覧になりましたか?」
そこには『献身の少女』と題された特集記事。台風を越えて勇敢にも飛行した竜使いの少女──ホニー・ドラグーンを讃える記事だった。
「……ふむ。まあ、どうせ処罰なしになる案件だったろう。今さら騒ぐことでもない」
「そうでしょうか?」
フジワラはわざとらしくため息をつき、指先で記事の写真を軽く叩いた。
「ドラグーン家の娘、最年少の竜使い、相棒は“白き天竜”。そして、南部諸島では既に英雄視されている。……これだけの材料が揃えば、使えると思いませんか?」
フガクの眉がわずかに動く。
「……つまり、旗印にする、と?」
「ええ、勲章の授与が嘆願されているようですし、渡すなら“今”かと」
「……まったく、あなたは相変わらず手が早いな」
フジワラは肩をすくめる。
「我々も調べましたが、年相応の粗さはあれど、国への忠誠心は問題なし。扱いやすい素材です」
フガクはしばらく無言で考え込んだ。
「……白き天竜と無垢な少女か。南部の象徴としては悪くない。神都の民にも響くだろう。近隣諸国への牽制にもなる」
「手配は進めてあります。御使い様の直轄部隊ということで、空軍大将のベクマから話を通させます」
「……ベクマか。確かにあいつなら御使い様からの心証はいい」
フジワラはにやりと笑うと、一礼して部屋を出ていった。
***
勲章授与当日、授与式の控室。
会場は星導教大神殿の神託の間と告げられている。
「マート、なんで私ここにいるの? なんで大神殿の神託の間? ねえ?」
ホニーは格式高い竜使いの儀礼服に身を包みながら、そわそわと部屋を歩き回っていた。
「正直、僕もよく分かってない。さっきから御使い様の側近の人たちも全員ピリピリしてるし、雰囲気が異常だよ……」
「わかった、これは死刑だ。台風突っ切った報いで、今から吊るされるんだ。遺書ってどこで書くの? マート、お墓の場所は選べるのかな……」
「落ち着いて。たぶん……多分だけど、死にはしない、でも僕もホニーと一緒のお墓がいい。遺書を書かなきゃ」
いつもならホニーの狂言を止める役目のマートも今日は緊張で狂ってしまっていた。
控室の扉がノックされ、声がかかった。
「ドラグーン様、マート様。準備が整いました」
その声は優しく穏やかだったが、二人には処刑宣告にしか聞こえなかった。
***
神託の間。
玉座は無人。だが、その前に首相・御使い様が控える光景は、空気の異様さを際立たせていた。
唐突に、天から降るような声が広間全体に響く。
「ホニー・ドラグーン、天竜マート──汝らの行い、神々の目に留まりたり」
静寂を打ち破るように、荘厳な響きが場を満たす。
「此度の鎮魂祭における偉業を讃え、汝らに“七星神竜勲章”を授ける」
「さらに……ホニー・ドラグーンには“テンペスト”の名を名乗ることを許す。以後、ホニー・テンペスト・ドラグーンと称すべし。マートも同様とする」
二人は固まったまま動けずにいた。
空気がふっと軽くなると、御使い様が歩み寄ってくる。
「びっくりしました? 初めての方は、みんなそんな顔をしますよ」
ようやく意識が戻った二人に、御使い様が静かに促す。
「続いて、首相より勲章の授与があります」
「ホニー・テンペスト・ドラグーン、マート・テンペスト──両名は我が国三百年の歴史において、稀有な功績を上げたとここに認め、“七星神竜勲章”を授与する」
ホニーとマートは、必死に覚えていた式辞を唱える。
『ありがたき幸せ。シーレイア連邦国の自由と繁栄のため、我が身尽くすことを誓います』
その声だけが、式場にかすかに響いた。
***
「……やっと終わった……」
そう思ったのも束の間。二人が案内されたのは、大神殿の庭園だった。
目の前には、たくさんの記者たち。無数のカメラが“テンペスト”たちを捉えて、フラッシュが二人を照らす。神都の住民たちも二人を何とかみようと押しかけている。
首相が高らかに告げる。
「ここに、”テンペスト”の名を授かりし竜使いが誕生した!」
熱狂の歓声が広がる中、ホニーとマートの目はどこか虚ろだった。
明日は全4話投稿予定。
次の6話は7時10分、7話は 19時10分、8話は21時20分、8話閑話は23時10分投稿予定です。