表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/18

第5話 「テンペスト」

ホニーの勲章授与が決まる、少し前のことだった。


「フガク首相補佐官、鎮魂祭の特例申請の件で少々お時間をいただけますか?」


一人の男が、補佐官に声をかけた。男の名はフジワラ。シーレイア連邦国危機管理局の局長で、目元の笑みが胡散臭さを隠しきれていない。


「……フジワラ局長か。あの件ならもう結論は出ているはずだがな」


フガクは面倒そうに顔をしかめ、話を切り上げようとした。だがフジワラは懐から一枚の新聞を取り出す。


「この記事をご覧になりましたか?」


そこには『献身の少女』と題された特集記事。台風を越えて勇敢にも飛行した竜使いの少女──ホニー・ドラグーンを讃える記事だった。


「……ふむ。まあ、どうせ処罰なしになる案件だったろう。今さら騒ぐことでもない」


「そうでしょうか?」


フジワラはわざとらしくため息をつき、指先で記事の写真を軽く叩いた。


「ドラグーン家の娘、最年少の竜使い、相棒は“白き天竜”。そして、南部諸島では既に英雄視されている。……これだけの材料が揃えば、使えると思いませんか?」


フガクの眉がわずかに動く。


「……つまり、旗印にする、と?」


「ええ、勲章の授与が嘆願されているようですし、渡すなら“今”かと」


「……まったく、あなたは相変わらず手が早いな」


フジワラは肩をすくめる。


「我々も調べましたが、年相応の粗さはあれど、国への忠誠心は問題なし。扱いやすい素材です」


フガクはしばらく無言で考え込んだ。


「……白き天竜と無垢な少女か。南部の象徴としては悪くない。神都の民にも響くだろう。近隣諸国への牽制にもなる」


「手配は進めてあります。御使い様の直轄部隊ということで、空軍大将のベクマから話を通させます」


「……ベクマか。確かにあいつなら御使い様からの心証はいい」


フジワラはにやりと笑うと、一礼して部屋を出ていった。



***


勲章授与当日、授与式の控室。

会場は星導教大神殿の神託の間と告げられている。


「マート、なんで私ここにいるの? なんで大神殿の神託の間? ねえ?」


ホニーは格式高い竜使いの儀礼服に身を包みながら、そわそわと部屋を歩き回っていた。


「正直、僕もよく分かってない。さっきから御使い様の側近の人たちも全員ピリピリしてるし、雰囲気が異常だよ……」


「わかった、これは死刑だ。台風突っ切った報いで、今から吊るされるんだ。遺書ってどこで書くの? マート、お墓の場所は選べるのかな……」


「落ち着いて。たぶん……多分だけど、死にはしない、でも僕もホニーと一緒のお墓がいい。遺書を書かなきゃ」

いつもならホニーの狂言を止める役目のマートも今日は緊張で狂ってしまっていた。

控室の扉がノックされ、声がかかった。


「ドラグーン様、マート様。準備が整いました」


その声は優しく穏やかだったが、二人には処刑宣告にしか聞こえなかった。



***


神託の間。


玉座は無人。だが、その前に首相・御使い様が控える光景は、空気の異様さを際立たせていた。


唐突に、天から降るような声が広間全体に響く。


「ホニー・ドラグーン、天竜マート──汝らの行い、神々の目に留まりたり」


静寂を打ち破るように、荘厳な響きが場を満たす。


「此度の鎮魂祭における偉業を讃え、汝らに“七星神竜勲章”を授ける」


「さらに……ホニー・ドラグーンには“テンペスト”の名を名乗ることを許す。以後、ホニー・テンペスト・ドラグーンと称すべし。マートも同様とする」


二人は固まったまま動けずにいた。


空気がふっと軽くなると、御使い様が歩み寄ってくる。


「びっくりしました? 初めての方は、みんなそんな顔をしますよ」


ようやく意識が戻った二人に、御使い様が静かに促す。


「続いて、首相より勲章の授与があります」


「ホニー・テンペスト・ドラグーン、マート・テンペスト──両名は我が国三百年の歴史において、稀有な功績を上げたとここに認め、“七星神竜勲章”を授与する」


ホニーとマートは、必死に覚えていた式辞を唱える。


『ありがたき幸せ。シーレイア連邦国の自由と繁栄のため、我が身尽くすことを誓います』


その声だけが、式場にかすかに響いた。


***


「……やっと終わった……」


そう思ったのも束の間。二人が案内されたのは、大神殿の庭園だった。


目の前には、たくさんの記者たち。無数のカメラが“テンペスト”たちを捉えて、フラッシュが二人を照らす。神都の住民たちも二人を何とかみようと押しかけている。


首相が高らかに告げる。


「ここに、”テンペスト”の名を授かりし竜使いが誕生した!」


熱狂の歓声が広がる中、ホニーとマートの目はどこか虚ろだった。



明日は全4話投稿予定。

次の6話は7時10分、7話は 19時10分、8話は21時20分、8話閑話は23時10分投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ