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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹


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第52話 「リクリス正教」

アーミムが落ちるのに、一日すら必要なかった。


軍港と空港が機能を停止した直後、ローチェ帝国の強襲部隊が上陸。

大陸西部戦線で鍛え上げられた最強の陸軍──極西機甲師団 《ケルベロス》が、容赦なくアーミムの地へ踏み込んだ。


「クラークス師団長、全車両稼働中。損耗なし」

伝令兵の報告を受け、師団長クラークスは短く頷いた。


「シーレイアは陸では三流国だ。このままアーミムまで進軍する」

機甲師団の主力、戦車 《ベクトル》が咆哮を上げる。

シーレイア陸軍も必死で応戦するが、火力も装甲も練度も、あらゆる点で決定的に劣っていた。


タベマカやインスペリとは互角に戦えても──

歴戦ローチェの鉄塊の前では、ただの的となる。


進軍はシーレイアの想定を遥かに上回り、アーミムの司令部は焦土作戦はおろか玉砕戦の準備すら整わぬまま陥落。

領主ルルザは、もはやこれまでと悟り、ローチェ軍に対して武装解除と降伏を申し出た。


南部諸島軍・精都アーミムの戦いは、あっけない幕切れとなる。



***


「捕虜は全員、神殿前の広場に集めよ」

極西軍将軍にしてリクリス正教大司祭でもあるバルクーイが、クラークスに命じる。


「了解であります。領主および軍幹部の処遇はいかに?」


「蛮族を導いた愚かな羊飼い。他の捕虜と同じ場所でよい」

そうして捕らえられた将兵数百名と、領主ルルザを含む高官たちは、アーミム大神殿の広場に集められた。


だが、なぜ神殿なのか。

捕虜たちの間に不穏な空気が漂い始める。


──改宗を迫られるのか?

──星導教の神々を捨て、唯一神を信じろというのか?


そんな囁きが走る中、祭壇の階段を、神官服を纏ったバルクーイがゆっくりと昇ってきた。


「愚かな蛮族どもよ。汝らは、リクリス神を知る機会すら与えられなかった哀れな子羊たちである」

それは軍人ではなく、宗教者の声であった。


「されど我は、慈悲深きリクリス神の御名において、汝らを赦そう。今ここに、その魂の穢れを浄化する」

両腕を広げ、天を仰ぐ。すると同時に、兵士たちが一斉に銃を構えた。


「リクリス神の導きを──」

その声を合図に、祈りが雷鳴となって広場に轟いた。

一斉に放たれる銃声。


逃げ惑う間もなく、呻き声すらかき消されていく。


ルルザは抗議の言葉を発しようとした。

だが、声になるより先に幾重もの鉛弾がその身体を貫く。



それはもはや、処刑ではない。

この時代でも捕虜への対応は決まっていた。


起こったことは一方的なただの虐殺。

信仰の名を借りた、血の儀式。


やがて、広場は静まり返る。

屍たちは沈黙し、赤黒い海となって祭壇を染める。


「聖炎にて異教の穢れを焼き払い、リクリス神の御救いを──」


バルクーイが告げると、兵士たちは油を撒き、遺体へ火を放つ。


炎に包まれ、次々と名前を失っていく命。

熱に溶け、炭化する骨。


「蛮族如きが、神への供物となれるとは──慈悲深きことですな、バルクーイ大司祭様」

クラークスがうやうやしく頭を垂れる。


「彼らは最後の瞬間まで抵抗しなかった。それもまた、神の導きによるもの」

バルクーイは静かに微笑み、祈るように呟いた。


「だからこそ、私は軍人としてではなく、リクリス正教の大司祭としてこの地に立つのだ」

クラークスは慈悲深い、バルクーイの言葉に胸を打たれる。

この男こそ、唯一神の意思を地上に伝える者。


教典の教えに従い圧倒的な戦果を上げ、武功のみで将軍にまで上り詰めた男。

ローチェの英雄にして、リクリス神の代弁者。


「我ら 《ケルベロス》、バルクーイ大司祭の御心のままに」

敬礼を捧げるクラークスに、バルクーイは微笑み返した。


リクリス正教──

他宗教を一切認めぬ過激派宗派。

彼らにとって、救いとは「改宗」ではない。


死をもって、魂を神の元に帰すこと。

それが、唯一無二の“異教徒への救済”なのだ。


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