第51話「ローチェの神光」
「アルザック、シーレイアの報告を。」
金色の十字の装飾の神官服に身を包んだ巨大な体躯の男がアルザック少佐に尋ねる。
「シーレイア軍は練度も組織も十分。だが南部諸島に配備の機体や天竜は時代遅れです。バルクーイ極西将軍」
開戦以来、最前線で戦い続け、幾度も撃墜を重ねてきた歴戦の操縦士。アルザックは、重みを帯びた声でバルクーイ極西将軍に報告した。
何度も空戦で戦い、落としてきた。だからこそ感じたこと。
敵は航空機の時代だと分かっている。だが彼らは天竜や旧型機で必死に空と民を守ろうとしていた。装備が圧倒的に劣っていようとも。
「そして陸軍に至ってはタベマカやインスペリと同水準」
シーレイアは海洋国家。海軍、空軍は大国と呼ぶにふさわしい戦力を誇っている。
上陸阻止を目的とした戦力配分だからこそ、地上戦は大国と呼ぶにはお粗末なものであった。
「であるなら、我々が上陸さえ出来れば...」
バルクーイは事前に確認していた情報とアルザックからの報告で確信する。
「皇帝陛下の判断は正しかったな。このままではシーレイアはテンシェンに持っていかれる。」
シーレイアの劣勢、アクル精霊資源のテンシェン独占がローチェを動かした。
早期終戦、テンシェンが戦後体制を優位に運ぶ事をローチェ帝国は懸念したのだ。
テンシェンがそのままシーレイアの利益を独占する。それは隣接する大国の国力の増強を意味している。
だからこそシーレイアと接している極東軍だけでなく、大陸の反対側から極西軍を派兵するという無茶をした両軍参加による二面作戦を決定した。
ローチェ帝国もしっかりと戦後の恩恵を受けるために、大きな発言権を欲したのだ。
「全軍に通達。アーミムを確保しローチェの、いや唯一神・リクリス様への供物とせよ。」
バルクーイ極西将軍は全軍に通達する。
「我らこそ真の神の代理人。唯一神・リクリス様の真の使徒であることを戦果をもって世界に識らしめよ。」
大陸の国々は皆、唯一神リクリスを崇めリクリス教を信仰している。
ただ国々より宗派が異なる。
ローチェ帝国の宗派はリクリス正教。
極北の厳しい大地を領土とするローチェ帝国では武力、武勇により豊かな大地を奪うことで栄えてきた。
武力を示すことか、リクリス神への信仰の証。
武力により制圧した領土こそ、リクリス神への最高の供物である。
信仰により、そして極北という環境が味方し、敵からは攻めにくい。
結果としてローチェ帝国は広大な領土を持つことになった。
同じリクリス神を崇めるテンシェン、タベマカ、インスペリそれぞれ考え方が異なる。
各々が我こそがリクリス神の一番の使徒であることを疑ってはいない。
だからこそ手柄を、神のために手柄を欲する。
我らの宗派こそ、一番であると示すために。
「裏でしか動かぬテンシェンに我が軍の力をしらしめよ。テンシェンの覇道など戯言であると。」
バルクーイ極西将軍の号令のもと、アーミムへの神光 (シンコウ)が始まった。
有史のなかでも稀有な上陸作戦をともなう電光石火の電撃戦。
アクル方向に軍隊を再編・移行させつつあったシーレイア軍は、奇襲により一瞬で瓦解する。
タベマカやインスペリや秘密裏に派遣された傭兵とは違う大国ローチェの正規軍。
これまでの敵とは圧倒的に練度が違った。
旧式装備でなんとか凌ぎ、繋いでいた南部諸島軍にとっては抗戦するのは無理があった。
焦土作戦すら許されぬ速さでアーミムを呑み込み、バルクーイは神官服に身を包んで上陸した。
そして、厳かに信徒達に告げる。
「唯一神リクリス様を信仰できない、哀れで愚かな蛮族の救済をこれより執行する。」
バルクーイの後ろには捕虜となり捕らえられた、南部諸島群領主ルルザの姿があった。
領主館に翻るシーレイアの旗は、すでに引き裂かれ、地に踏みにじられていた。
バルクーイはその断片を拾い上げ、ゆっくりと両手を広げる。
「この布切れもまた、神への供物である」
信徒たちは一斉に歓声を上げた。
その場を見つめるルルザだけが、沈黙のまま空を見上げている──まるで、天竜に祈りを託すかのように。




