第49話「初勝利の裏側」
神都アマツ──
連邦政府の作戦司令室には、鈍く緊張感のある空気が張つめている。
作戦卓を囲むのは、シーレイア連邦軍参謀総官 キトラと、危機管理局長 フジワラ。
彼らはただ、沈黙のなかで報告を待っていた。
「こちらとしては、切れるカードはすべて切りましたよ」
フジワラはテーブルに肘をつき、飄々と呟く。
「後は……天命を待つだけ、というところでしょうか」
「……降霊術士部隊まで投入して、なお奪還できぬのなら」
キトラは言葉を飲み込んむ。
背後では、アクル沖を映す戦況図が、微かに色を変えている。
この数週間、作戦司令室には常に重苦しい空気が立ち込めていた。
南部諸島からの避難民は海へと沈み、天竜は次々と空へと消失。
天竜と対をなす存在の海龍との連携も、制空権のない海では無力。
短期間のうちに、かつて栄えた連邦は、絶望的な劣勢に追い込まれてしまった。
「キトラ総官──」
フジワラが、静かに笑う。
「あなたは降霊術士の“怖さ”を知らないのですね。……大丈夫。彼らは”化け物”です」
キトラが知ることのないシーレイアの歴史をフジワラは握っているかのようだった。
「化け物……か」
キトラは小さく繰り返す。
(降霊術士。基本変人の情緒不安定な存在というのが常識なのだが....)
フジワラの言葉を信じられずにいたキトラ。
戦時下になるまで機密にされていた霊都の基地の規模、中部諸島は同じシーレイアの国であるが分からないことが多すぎる。
(降霊術士に軍事力。中部諸島群はいったいなんなのだ)
軍の参謀総官であるキトラも全てを理解できてはいない。
そのときだった。
タッタッタッ──
報告員の足音が、鋭く司令室に響く。
「報告! オペレーション・ドラゴンロード、ならびにレイズデッド、共に成功。アクル奪還、目処が立ったとのことです!」
その言葉を聞いた瞬間、キトラの肩がふっと揺れる。
喉までこみ上げていた安堵の叫びを、どうにか飲み込んだ。
そしてフジワラは、いつものように微笑んで言い放つ。
「……劣勢においてこそ、霊都の部隊は輝くのですよ」
過去幾度も亡国の危機に直面しながら、シーレイアは降霊術士たちの影の力でそれを乗り越えてきた。今回もまた、その例外ではない。
だが、安堵の余韻は続かず。
数分後。
再び駆け込んできた別の士官が、空気を切り裂くように声を上げる。
「報告! ローチェ帝国が我が国に対して宣戦布告。
あわせて、海上戦力による南部諸島の精都アーミム及び北部列島・北島への攻撃を確認!」
フジワラの目元がわずかに動く。
キトラは即座に戦況地図へと駆け寄る。
「ローチェが……? それも南部諸島のアーミムへ?どうやって戦力をそこまで運んだ……」
彼は、シーレイア連邦北西に位置する巨大帝国・ローチェの国境線に視線を落とす。
北島への侵攻は予想していた。だが南部諸島への艦隊の展開は想定外である。
ローチェから南部諸島へ海上から行くにはシーレイアの警戒網に必ず引っかかる。
精都アーミムへ──それは警戒の網をすり抜ける“極西回り”でしか不可能だ。
「まさか……極西から、ですか」
フジワラが呟く。
大陸の反対端──シーレイアが現実的でないと予想・警戒すらしていなかった航路。
大陸を大きく迂回して艦隊を展開、派兵したのだ。
「ローチェは、アクルが陥落し、シーレイアが早期に崩れると踏んで功を焦った……」
フジワラは独り言のように、状況を読み解く。
キトラの指先が地図をなぞる。
報告では敵艦隊の進行方向は、確かにアーミムと北島へ向かっている。
「アクルは奪還したが……」
その言葉に、誰も答えない。
想定通りのアクル奪還、想定外のこの局面でのローチェ参戦。
勝利の灯がともった矢先、その光を呑み込むように戦場の炎は再び広がっていく。
戦いの終焉は、なお見えないまま。




