第47話「届かないもの」
ホニーは、空の高みから戦場を見下ろしていた。
交錯する無数の機影。煙を引きながら墜ちる敵旧式機。
──空は、確かにシーレイアのものになりつつあった。
「マート……すごいよ。私たち、シーレイアが押してる」
思わず、声がこぼれる。
戦争が始まって以来、ホニーが目にしてきたのは、いつも苦しい戦いばかりだった。
避難船を守ろうとした旧式戦闘機はテンシェンやローチェの機体に落とされた。
だが今、眼下の空では、これまでとは逆に敵機が次々と撃ち落とされていく。
彼女の中に、これまで感じたことのない希望が芽生える。
「本当に、アクルの状態に関係なく勝てるんだね……」
マートが、隣で頷いく。
「……正直、疑ってた。いくら新型機と空母があっても、一番重要な作戦が失敗してじゃあ無理だと思ってた」
その“疑い”はマートだけではない。
コタンコロの作戦参謀たちでさえ、本気で勝てると思っていた者は少なかったはずだ。
眼下では、タベマカとインスペリの旧型機が壊滅状態にあった。
数だけは揃っていた敵側の機体は次々と墜ち、空に残るのは、テンシェンの新型機 《スターイーター》だけになっていた。
「テンシェンの機体、落ちないね……」
ホニーは、再び呟いた。
紅の機体は、乱戦のなかでもひときわ異彩を放っている。
旋回性能や加速はライコウが勝る。だが、その火力と装甲は、まさに“獣”だ。
そしてその機体と激しく空戦を繰り広げているライコウが一機。
翼には隊長機の証として天竜が描かれている。
(カンラさんだ。 私との約束を守ってくれている)
カンラはフェンに劣らぬ空戦を繰り広げていた。だが初陣の経験不足ゆえに、次第にウーランに押され始めている。
(カンラさんだけだと厳しい、あともう一機。ウーランと戦える人がいる)
ホニーは自分を落とせる腕を持つカンラですらウーラン相手では荷が重いと感じる。
ただ並のパイロットではカンラの邪魔になり、一瞬でウーランに呑まれる。
(私も戦えたら...)
白竜のマートは誰よりも速く飛べる代わりに、魔術操作が複雑で戦闘は出来ない。
避難船の任務に当ってからずっとホニーは見守ることしか出来ない自分を恨めしく感じていた。
紅い機体は、カンラを振り切ると味方へ襲いかかる。一機だけで、戦局の均衡を支えているようにさえ見えた。
戦況はシーレイアの優位。
(でも……これで、勝ちとは言えない)
ホニーの視線が、遠方に移る。
ウーランの粘り、他テンシェンのスターイーターによる空戦。
敵空母へ向かう、味方の爆撃機部隊が中々たどりつけていない。
勝利が目前と思えたその時、海の地平線を縫うように敵空母が戦域を離脱し始めていた。
「……このままだと、敵空母を仕留められない」
勝利──それが、あと一歩のところで手からこぼれ落ちていく。
たとえ航空戦に勝ったとしても、敵の艦隊が無事ならば次がある。
ホニーは焦りを押し殺し、偵察として敵艦隊の位置をひたすら送り続ける。
***
アクル沖海戦。
それは、タベマカ・インスペリ連合の航空戦力に壊滅的な打撃を与え、
敗北の連鎖に沈んできたシーレイアにとって、初めての誇れる勝利となった。
しかし──戦いは、これだけでは終わらない。
別働体の護衛空母をはじめとしたアクル強襲部隊。
軽空母ホロケウから発艦した霊都航空隊。
その長を任されたのはホニーの親友であるジャスミン。
「こちらスピリット・ワン。これより敵アクル防空圏に突入する」
「オペレーション・レイズデッド──開始する」
ジャスミンの声が、無線越しに静かに響く。
彼女が操るのは、降霊術士専用機 《スピリット》。
機体そのものと霊的同調を可能にする、シーレイアの秘匿兵器。
霊と共に飛ぶ戦闘機。その力が、いまアクルの空へと差し向けられる。
そしてその先には──テンシェンが誇る天才、チョウ・テンカが待ち受ける。




