第44話 「アクルの景色」
アクル奪還作戦──
コードネーム《オペレーション・ドラゴンロード》。
中核となるのは、正規空母四隻を擁する航空機動部隊。
その別働部隊として、軽空母を従えた戦艦主体の艦隊が進む。
二部隊の連携により、未曾有の反攻作戦が今、実行に移された。
ホニーとマートは、航空機動部隊の旗艦空母に乗船している。
出港から一日後、ホニーは単騎で故郷アクルへ向かう。
超高高度からの先行偵察、敵地に一番早く乗り込む危険な任務である。
アクルの精霊濃度の異常が、上陸した敵を殺せたかどうか、それを確かめることはシーレイアでは彼女しかできない。
空を飛ぶマートの鱗は白ではない。
青の顔料で覆われ、地上から識別されぬよう迷彩が施されていた。
「……マート、ごめんね」
ホニーはマートの首筋に手を添えた。
「白竜であることは、マートの誇りなのに」
「でも、私たちが生きて戻るためには……これが最善なんだ」
ホニーは自分にも言い聞かせるようにマートに語りかけている。
天竜にとって“己の色”とは、ただの装飾ではない。
それは己の特性と誇りの象徴、嘘の色は、誇りを否定する行為に等しい。
だが──マートは何も言わない。
彼の背が、静かに震えるように頷いた。
「取り戻そう。……全部」
その言葉を、ふたりは同時に口にする。
空は高く、沈黙に満ちていた。
かつて交わした冗談も、今は風に流され消える。
***
アクルに近づくにつれ、ホニーの額に冷たい汗が滲む。
(……精霊が、薄い)
圧迫するほどの精霊濃度がここにはなく、普段のアクルの方が濃度は濃い。
近づくほどに、気配は薄れ──
まるで、命の鼓動が消えていくようだ。
(これは……どういう……)
精霊濃度は人が制御などできるはずのない領域。
だが、今この空は静かで、冷たく、異常に整っている。
──テンシェンが、精霊を制御した?
常識では不可能と言われていたこと。
だが、空の精霊濃度が、その可能性を肯定する。
その時、ホニーの考えが眼前に広がる景色により中断される。
アクルの大地が──破壊されていた。
「……っ、なに、これ」
海に浮かぶ美しい島影はもうなかった。
無数のクレーターが穿たれ、集落は跡形もない。
艦砲射撃、空爆……それは“占領”ではなく“荒野化”を意味していた。
生まれ故郷の悲惨な姿に、ホニーは愕然とする。
「……ダメだ。泣いてる場合じゃない」
ホニーは瞼を拭う。マートの鱗に涙が落ちる前に。
任務に戻る。故郷を取り戻すため。敵の残存、精霊制御の程度、それを確認しなければ。
***
高度を落としながら、ホニーは直感で異常を感じ取っている。
タベマカ軍の布陣は、不自然だ。
制御が完全なら、もっと精霊を使った封鎖を行っているはず。
どこか、不安定で、ぎこちない。
(まだ手探りなんだ。完全に制御できてはない)
あと一歩、踏み込めば確信が得られる。
だが、その時──
「……来た」
遠方から接近する、紅の閃光。
フェン・ウーラン。
あの深紅の機体が、真っすぐこちらを目指して飛んでくる。
ホニーとマートは急上昇を開始する。
体が押し潰されるような重力の中、全力で離脱を図る。
(……報告しなきゃ!)
敵軍のアクル部隊が健在なこと、精霊が不完全ながらも制御されていること、
そして──フェンがここにいること。
マートと共に急旋回し、艦隊の方向へ飛びながら──
ホニーの視界に、もう一つの異変が飛び込んでくる。
(あれは──)
北へ向かう巨大な艦影。
インスペリ──タベマカとは別の、強国の空母。
(……向こうも読んでる。シーレイアが、奪還に来ることを)
敵は、奪還作戦そのものを先読みし、空母戦力を迎撃に向け前線に投じ始めていた。
“精霊支配”と“航空母艦”。
新時代の二つの要素が、戦場に並び立つ。
そして──
史上初となる、空母同士による航空部隊の戦いがいま、幕を開けようとしていた。




