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第4話 「御使い様」

久しぶりの実家で過ごした二週間は、笑いと気まずさと、ほんの少しの叱られた時間であっという間に過ぎていった。

里を出発する朝。家の前には、見慣れた顔が揃っていた。


「ホニー、マート、いってらっしゃい!」

母の声に続いて、近所の人たちが手を振る。


「お母さんも元気でね! 絶対、休み取るからね。次はみんなで温泉、約束だよ!」


「シサーおばさん、ホニーの面倒は任せて。なにかあったら報告するね」

マートはホニーの母シサーに悪さをしたら伝えると案に告げた。


「ちょっとマート! 私の味方でしょ! なんでお母さんのほうにつくの!」

軽口を叩き合う二人のそばで、弟のナーグルがホニーにしがみついた。


「ホニー姉、マート……いってらっしゃい……。次帰ってきたら、またたくさん遊んでね……!」

潤んだ目で見上げるナーグルに、ホニーは優しく頷く。


「うん、たくさん遊ぼう。ナーグルも、私みたいに立派になるんだよ?」

その言葉に、マートは少しだけ突っ込みかけたが、やめておくことにした。


「ホニー、そろそろ時間だよ」


「うん、じゃあ──いってきます!」


ホニーがマートの背にまたがり、軽く指を鳴らすと、周囲に柔らかな風が巻き起こる。

マートの翼が広がり、一瞬の風圧と共に、白き天竜は空へと駆け上がり、見送る人々の視界から、あっという間に消えていった。


「お母さん……ホニー姉、行っちゃったね……」


「また帰ってくるわ。今度はもっともっと格好よくなってね」


***


空には二人だけ。


白と青の世界の中、マートの滑空に押されるように、雲が静かに後方へ流れていく。


「やっぱり……竜の里って、いいよねぇ。なによりナーグルが可愛すぎる」


「でもナーグル、本気で信じてたよ? ホニーが命を懸けて鎮魂祭を救ったって」


「かもね。でも、期待されてるって思ったら……ちょっと気合い入るかな」

ホニーは前髪をいじりながら、照れくさそうに笑う。


「僕の方も大変だったよ。島で一番年下の竜ってだけで、“竜とはこうあるべき”って、みんな好き勝手言うんだもん」


「それ、マートなら言われそう。シェイおばさんにさ、堂々としろって毎回言われてるよね」


「うん。“私の子供なら、もっとホニーと悪ノリして鎮魂祭ぶち上げなきゃ”って、なんで怒られてんのかわからなかった……」


「それは言いそう。シェイおばさん、自由人だもんねー」

二人の声だけが、風の中に軽く響き溶けていく。



空が茜色に染まり始めたころ、遥か彼方に白い都市が見えた。

まるで雲の上に浮かぶように広がる、神都アマツ。


「やっぱり……遠いね。ふたりだけなら日が暮れる前に着けるけど」


「うん。御使い様への帰還報告、今日中にはなんとかなりそう。……何番ゲート?」


「0番ゲートってさ。……急いで来いってことだよね、これ」


***


神都に到着した二人は、街の喧騒を背にして御使い様の聖域へと向かった。

直轄部隊の者しか通れない、静かな通路。

石造りの床に足音が吸い込まれていく。


ホニーは扉の前で深呼吸し、勢いよくノックした。


「──空いてます。ホニーですよね。入ってください」

柔らかくもどこか音程のない、落ち着いた声。


ホニーが扉を押すと、冷たい空気が頬を撫でる。

室内には香のような匂いが漂っており、気温も匂いも“人の気配”が薄い。


「ホニー、マート両名。ただいま帰還しました。長い休暇をありがとうございました」

御使い様に向かって、ホニーは丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ。鎮魂祭のリスクを受け入れ、手紙を届けてくれてありがとう。あなたたちのおかげで、祭は無事に始められました」

穏やかな声。その抑揚から、喜びや誇りを読み取ることはできない。

ただ、言葉の奥には確かに“感謝”がある。


「それで──今回の働きに対し、ホニー・ドラグーンに勲章が授与されることが決まりました。来週、授与式が開かれます」


ホニーは一瞬、時が止まった気がした。


「……えっ? 勲章って……。精都の領主様から報奨金ももらいましたし、処罰も免除されて……」


「それはあくまで、南部諸島としての措置でしょう。

シーレイア連邦国としての“正式な報い”は、まだ何もしていません」

御使い様は、笑っているような口調で続けた。


「献身の少女に、国家として礼を尽くすのはおかしいかしら?」


「……あー、神都でも新聞記事、回ってたんですね……」

ホニーは額に手を当て、天を仰ぐ。

マートはもう限界寸前で、口を押さえて笑いをこらえていた。


「ちなみに、授与者は首相閣下です。しっかり準備してくださいね?」


「──了解しました。あの……今日はもう、これで失礼してもよろしいでしょうか?」


「ええ、しっかり休んで。備えてくださいね」

部屋を出ると、ホニーの足取りは鉛のように重くなった。


「御使い様って……顔も隠して、体格もわからない服で、声も性別不明で……あれでずっと生活してるのかな……」


「違うじゃない?でも、今日はすごく機嫌よさそうだったよ? イタズラがうまく決まった、って声してた」


「ちょっと!!」

二人が宿舎へ向かって歩いていくと、すれ違う神都の人々がクスクスと笑いを堪えていた。

──また何かやらかしたらしい、と。


次回 5話投稿は 10月09日 7時10分を予定してます。


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