第41話「テンシェンの目的」
テンシェン空軍のエース、フェン・ウーランは、タベマカ前線基地に帰還した。
コックピットから降りるなり、彼は吐き捨てるように言った。
「……心が踊らんな。」
戦果は確かにあった。だが、そこにあったのは歯ごたえのない虚しい空だけだった。
「ウーラン殿! お戻りになられましたか、いやはや流石の戦果で――!」
タベマカ軍前線基地を預かるダダヌ中将が、舌を巻きながらすり寄ってくる。
「テンシェンの新型機――スターイーターの威力は圧巻ですな!」
スターイーター。
それはテンシェンが誇る最新鋭機であり、その名は“星を喰う”という意味を持つ。
星環海の島国――すなわちシーレイアを滅ぼす意志を持つ名だ。
ウーランは軽く顎を引いて応じる。
「タベマカ軍の撃墜が目立つが、損耗率はどうだ?」
「は、旧型機ゆえにいささか……その、致し方なく……」
歯切れ悪く答えるダダヌに、ウーランは無言で背を向ける。
(……ダメだな。旧型機とはいえ練度が低すぎる。これで“戦争準備”済みとは――笑わせる。)
基地内を歩きながら、彼は独り呟く。
「それに比べれば、シーレイアの奴らは質が高い。
性能の劣る機体と、時代遅れの天竜にしては
――よく戦う。まあ……」
彼は肩をすくめて笑う。
「――“星喰い”の前では、何もかもが無力だがな。」
その時、フェンの思考を大きな声が遮る。
「ウーラン大尉! おまえも今戻ったか!」
小柄だが筋肉質で引き締まった身体の男が風を切って現れた。
ローチェ帝国空軍の戦闘機乗り、アルザック少佐だった。
その厚い胸板を震わせて、朗らかに笑う。
「アルザック殿か。アクルはどうだった?」
「おう、最高だったぜ。天竜の“七面鳥撃ち”をしてきたぜ。
あいつらが空から堕ちていく音、忘れられねぇな。」
ウーランは口角をわずかに引き上げる。
(天竜――覇権を邪魔する不確定要素。空からは消える存在、こいつは本気で思ってる。)
「シーレイアが精霊をこんなに育ててくれてるんだ。感謝して分け合わねぇとな。」
アルザックが口元を歪める。
「タベマカ、インスペリ、テンシェン、ローチェ――四国でこの“豊穣な大地”を切り分ける。いいだろ?」
「……なに訳のわからんことを。」
ウーランは鼻で笑う。
「我々は“ただの志願兵”だったろう? どこの国にも属さぬ、名もなき戦士だ。」
「いけねぇいけねぇ、そうだったなぁ。俺たちは“中立の志願兵”でしかない。」
アルザックも茶化すように豪快に笑う。だがその目に宿る光は、どこまでも冷たかった。
「それにしても、タベマカの練度の低さは深刻だな。
表立って動けるのがインスペリとタベマカだけじゃ、面倒かもしれん。」
ウーランは、あえてタベマカ軍の中心部でそれを口にする。
「ほんと、酷かったぜ。アクルには足手まといがいなかったから、スカッとやれたがな。」
アルザックは、大声で、基地中に響くように言い放った。
タベマカ軍基地の中、それを咎める者はいない。
***
テンシェン国・首都コーロンの一室。
宰相のもとに届く戦況報告は、どれも予想以上の成果を告げていた。
アクル陥落。
コアガル首都への攻撃成功。
コアガル同盟関係にあったシーレイアの動揺。
「……ここまで順調とはな」
報告書を手にした宰相は、喜びを表に出さぬよう努めていた。
だが顔の端には、ほのかな笑みが浮かんでいる。
「だが、順調すぎるのも困りものだな。タベマカとインスペリを十分に摩耗させられぬ」
独り言の声には、贅沢な悩みというより、先を見通す冷徹さが滲んでいた。
──コアガルは降伏しない。
否、できないのだ。
攻撃を受けたのは沿岸のみ。内陸部は無傷であり、しかもそこには精霊信仰が根強く息づいている。
もしシーレイアへの宣戦布告などすれば、国内の王室と民衆は黙っていまい。
政府と王室、沿岸と内陸。
その分断こそがテンシェンの狙い。
「国として機能不全になってもらえば、それでいい。
その隙に、我が国はアクルの精霊資源をたっぷりといただこう」
最善の筋書き──いや、理想以上の進行。
宰相は静かに嗤った。
「やはり世界は、天帝様の御心に従うようにできているようだな」
この戦争を裏から操るテンシェンの目的は、ただひとつではない――
――宣戦布告したタベマカ、インスペリ両国をシーレイアへの当て馬にし
――ローチェ軍の技術をテンシェンに引き出すための舞台装置
――戦争参加国全てを疲弊させ
――世界の中心はテンシェン、覇を取るのは我らのみ
(シーレイア? その幻想は砕くためにある。まずは礎になってもらおう。)
宰相の目に、嘲るような光が宿っていた。




