第33話「アーミム国際ホテル」
「マート、いっけーーー!!」
ホニーの絶叫とともに、白き天竜マートが空を裂くように加速した。
目的地は、精都アーミム。
今日は外遊でも配達でもない、純粋な休暇――しかも家族旅行。
ホニーもマートも、久々の解放感にテンションが振り切れていた。
「もっといけるでしょ、マート!」
「いけるけど……これ、規定速度超えるよ?」
「今日は任務じゃないもん! 大丈夫!」
マートは彼女の表情と言い方で、すべてを察した。
(あー……最近のストレス、この飛行で全部吹き飛ばすつもりなんだな)
「でも、御使い様の手紙預かってるよ?」
「ルルザさん宛だし、私的って言ってたから大丈夫!」
「“ルルザさん宛だし”が理由になるの?」
若干あきれ気味に、ホニーに尋ねた。
「なんか言われたら、領主への至急の手紙ってことにしてもらう。それくらいはルルザ叔父様ならなんとかしてくれるでしょ。」
ホニーは昔からよくしている、困ったときの領主ルルザに責任の押し付けをしようとしてた。
「でもそれっていつも最後はシサーおばさんに叱られるやつだよね。」
マートは小さくため息をついたあと、冗談めかして言った。
「……じゃあ罰はホニーだけってことで、飛ぶよー!」
風の軌跡を引きながら、白き竜はさらに加速した。
「えっ?私一人だけでお母さんにしかられるの!? ちょっとマート!?」
ホニーの抗議は聞こえないフリをしてマートは風と一体と化した。
***
暴走の結果、予定より三時間以上早く精都に到着したホニーとマートは、そのまま領主館へ向かう。
仕事ではないことをいいことに、今回は玄関から訪ねることをやめた。
「マート、今日はバルコニーから突入するよ!」
ホニーは幼少時代によくしていた方法で訪ねることを決める。
「え!? まあ久しぶりだし、たまにはいいかもね。」
普段は諫めるはずのマートも今日は温泉旅行ということでテンションが上がっており、ホニーのいたずらに乗ることにした。
不法侵入とも言える入り方をしたホニー達。
ルルザの執務室まで誰にもばれないように向かう。
領主館の人間は久々にバルコニーからの侵入者が現れたことに驚いていたが、誰一人として領主ルルザへ報告はしなかった。
(ホニーちゃん、今日私的で来るって言ってたからバルコニーから来たのか。)
領主館の人間からはそう思われていた。
ホニーは精霊たちの気配を読み、執務室の中に来客がいないことを確認してから……
コンコンッっとノックをし返事が来る前に。
「たのもー」
勢いよく扉を開けた。
「おい、早すぎだろお前ら。」
少し驚きつつもルルザから開口一番、ツッコミが飛ぶ。
「連絡ないってことはバルコニーから入ってきたのか。最近は落ち着いたと思ってたが、クソガキなのは変わらずだな」
ルルザは悪態を尽きながらも快く、ホニーを迎え入れる。
「こんにちは、ルルザさん。これ、御使い様から預かったお手紙です!」
「はいはい、受け取った。」
ルルザもいつもの“領主らしさ”はどこへやら、気の抜けた返事を返す。
「そういや、もうラシャとナーグルは来てたぞ。早く行ってやれよ。」
「えっ、ほんと!? ありがとー! またね!」
ホニーとマートは手を振ると、勢いよく部屋を飛び出していった。
残されたルルザは、呆れ笑いを浮かべて天井を見上げる。
「……あれで本当に外交官やれてんのかね。オオクラさんは“右腕にしたい”とか言ってたけどよ。」
そう呟いたあと、ふと手元の封筒に目をやる。
「まあ、急ぎじゃないけど――一応、手紙も見とくか。」
***
アーミムの高級温泉ホテル。案内されたスイートルームのドアを開けた瞬間、ホニーの胸に小さな弾丸が突撃してきた。
「ホニー姉、久しぶり!!」
「ぐふっ……ひ、ひさしぶり、ナーグル……!」
あまりの勢いに息が詰まったが、可愛い弟を怒る気にはなれない。
「マートも久しぶり!」
「うん、ナーグルも元気そうでなによりだ。」
ナーグルの洗礼を避けたマートは余裕の表情で応じる。
部屋に入り直すと、ラシャが穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「ホニー、マート。久しぶり。」
「ラシャ姉! 体調は? 無理してない?」
「大丈夫よ。今は安定期に入ってるから、落ち着いてるわ。」
再会の余韻に浸る間もなく、早速ナーグルが何やらごそごそと抱えて戻ってくる。
「ホニー姉、これ見て!」
胸を張って見せてきたのは、新聞の切り抜きがびっしり詰まったファイルだった。
「……え、全部、私?」
「うん! 島のみんなやグラル兄にも手伝ってもらって、いろんな新聞集めたんだ!」
ナーグルは満面の笑みを浮かべているが、ホニーにとっては絶望でしかない。
「ホニー、ごめん……私、止められなかった。」
ラシャが小声で耳元に囁きつつも、ホニーの照れる顔を楽し気に見ている。
「うう、これは夢であってほしい……」
虚しさと恥ずかしさの入り混じった中、時は過ぎていく。
ナーグルはすでに布団の中に入り夢の世界へ。
ホニーとラシャも、並んで布団に横たわっていた。
「そういえば、母さんたちは明日来るんだっけ?」
「うん、明日の朝アクルを出て、お昼には着くって。」
「そっか。……明日からが本番だね。おやすみ、ラシャ姉。」
「おやすみ、ホニー。」
懐かしい言葉が、柔らかな夜に溶けていく。
ホニーは静かに目を閉じ、家族の温もりを感じながら、深い眠りへと落ちていった。




