第1部幕間②「ホニーフィーバー」
『星渡りテンペスト氏 レコアイトスへ留学に出立』
星環海横断の偉業からおよそ一年。ホニー・テンペスト・ドラグーン氏が、レコアイトスへの留学のため、本日神都アマツを出立した。
この留学は、今年から開始されたシーレイアとレコアイトス間の人材交流事業の第一弾。かつてテンペスト氏が「星渡りの成功は、ノノレ氏の助言なしでは成し得なかった」と語ったことが契機となり、正式な人材交流制度として立ち上げられた。
従来は個人レベルでの留学受け入れに留まっていたが、今回は両政府の共同事業として初の正式派遣が行われることとなる。テンペスト氏を含む計7名がレコアイトスに向かい、同時にレコアイトスからも8名がシーレイア側へ派遣される予定である。
神都での出立式典にて、外交局のオオクラ副局長は次のように述べた。
「この交流が、両国の友好の歴史に新たな1ページを刻むと確信しています。技術交流に留まらず、レコアイトスで“友”と呼べる人に出会ってほしい。」
テンペスト氏の留学形式に加え、他6名のうち数名は研究機関や企業への出向者として、現地の技術開発にも参画する見通しだ。期間はいずれも1年間の予定である。
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『テンペスト氏、レコアイトス空軍で飛行教官に就任』
レコアイトスに留学中のホニー・テンペスト・ドラグーン氏が、現地空軍の要請により、天竜乗り・戦闘機パイロット向けの飛行訓練教官を務めていることが判明した。
留学生であるテンペスト氏が教官に就任するのは異例だが、空軍関係者によれば「天竜の運用ノウハウ・飛行技術において右に出る者がいない」ための要請だったという。
近年、空軍では飛行機の導入が進み、天竜は徐々に後方任務へと配置転換されつつある。しかしテンペスト氏は、こう語る。
「飛行機が空軍の主流になるのは間違いありません。ですが、天竜が勝る部分もたくさんあります。その有用性を伝えられたら嬉しいです。」
メディアに公開された訓練の様子では多数の戦闘機とテンペスト氏の模擬戦も公開され神話の具現者と言われるにふさわしく、戦闘機を翻弄していた。
訓練に参加したレコアイトス空軍の天竜乗り・戦闘機乗りたちは、テンペスト氏の技量に驚きつつ、彼女の一挙手一投足から真剣に学んでいたという。
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『活動写真《星渡り 〜神話再誕〜》公開』
テンペスト氏の星環海横断を基に制作された活動写真《星渡り 〜神話再誕〜》が、本日よりシーレイア全土で上映開始される。
本作は異例づくしで世界初の長編カラー活動写真、さらにモデルとなったテンペスト氏本人が自ら主演を務めたことで話題を呼んでいる。
「まさか自分がモデルの作品に、それも主演で出ることになるなんて思ってもみませんでした。演技は全然自信ありませんが、飛行シーンは頑張りました。そこを見てもらえたら嬉しいです。」
取材に応じたテンペスト氏は、恥ずかしそうにはにかみながら、そう語った。
監督を務めたのは、活動写真の都バッファハリーの名匠、ラバット・バーク氏。代表作の「精霊三銃士」でシーレイアでも高い人気を誇る監督であり、テンペスト氏自身も同作の大ファンだと公言している。
バーク監督は語る。
「テンペスト氏がレコアイトスへ留学すると聞いた時、どうしても本人主演で、それもカラーで撮影したかった。最大の苦労は、彼女の飛行の躍動感を損なわずに映像へ落とし込むことだった。観客の皆さんにも、ぜひテンペスト氏と共に美しいも残酷な星環海を渡ってほしい。」
先行上映会に参加した観客からは「これが空を飛ぶ竜使いの世界」「テンペスト様の飛行シーンが印象的」「役者感しないところが星渡り様の人間味を出していた」「日中の色づいた世界と夜の色のない世界の対比が心を見ているようだった」と皆興奮した様子で話していた。
本作はシーレイア・レコアイトス・コアガルの三国にて、本日一斉公開となっている。
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カンラは、神都の自宅で新聞をめくりながら、苦笑を漏らした。
「……ホニーフィーバー、衰え知らずだな。」
スパークの量産支援という任務のため、秘密裏にレコアイトスへ派遣されていた彼は、活動写真の撮影や空軍訓練での指導にも巻き込まれていた。
「にしても……なんでバレたんだろうな。」
密命で滞在しているはずが、滞在中にホニー本人に気づかれていた。
「何が“乙女の秘密です”だ。……ガキのくせに。」
言葉とは裏腹に、その表情はどこか楽しげだ。
スパークの運用試験が完了し、レコアイトスに暫定配備が決定。カンラは予定より一足早く帰国していた。
これにより、国内ではライコウの次世代機開発が本格的に始動するという。
「個人レベルに最適化された戦略戦闘機か……。2機で敵の12機編隊とやり合う前提ってのは、さすがに現実味なさすぎだろ。」
星渡り以上に非現実的な構想に、カンラはため息をつく。
だが、今日はもう空の上ではない。
寝室で眠る妻と、隣で小さな寝息を立てる子どものサルサを見つめながら、新聞を畳む。
先日ホニーの関係者に渡された鑑賞チケットがあるのを思い出す。
「明日は休みだし……家族で活動写真でも観に行くか。」
照れくさそうに、けれど確かに、穏やかな笑みが浮かんでいた。




