第1部 幕間①「狂う戦略図」
『星渡り誕生 各地で祝賀会開催決定』
昨日、星環海横断を成し遂げたホニー・テンペスト・ドラグーン氏を祝う式典が、シーレイア各地で開催されることが政府より正式に発表された。
テンペスト氏はレコアイトスでの祝賀行事に出席後、凱旋帰国する予定。帰国後の祝賀会は、彼女にゆかりのある神都アマツ、精都アーミム、そして故郷のアクル島竜の里で順次行われる見込みだ。各都市では凱旋飛行も予定されており、詳細な日程は明後日、改めて発表されるという。
なお、今回祝賀会が予定されていない地域についても、「式典実施を望む声が多数寄せられている」とのことで、政府はテンペスト氏の訪問機会を調整中と発表した。
また関係筋によれば、コアガル国からも星環海横断の偉業を称え、国賓として招待したい旨の連絡が寄せられたとのことだ。
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『星環海横断成功 5年前の“失敗”が礎に』
星環海横断に成功したテンペスト氏は、帰国時の式典で初の記者会見に応じた。
関係者や支援者への感謝の言葉に続けて、テンペスト氏は「応援の声が私の翼になってくれました」と語り、感極まった様子を見せた。
会見では、記者から「人類未踏の飛行を制した秘訣は何か」との質問が寄せられた。テンペスト氏はしばし沈黙ののち、「5年前に挑戦したアレックス・ノノレ氏からいただいた助言が、大きな力になりました」と応じた。
彼女は「その助言がなければ、今回の達成はなかった」と断言し、改めてレコアイトス国とノノレ氏への深い謝意を表明。
レコアイトスの記者が「なぜこの場で名を挙げるのか」と問いかけると、テンペスト氏は真剣な表情で答え、
「これは、名誉を失った一人の竜使いが、確かに未来に繋がった証です。その事実が伝わればと思いました。」
――アレックス・ノノレ氏。かつて「世界最高の天竜乗り」と謳われた人物である。5年前、星環海横断に挑むも、約1000km手前で断念。以後は精神的後遺症により軍を退役し、表舞台から姿を消していた。
テンペスト氏の星環海横断の成功についてはレコアイトスのメディアを通じて神話の再現、自身のなしえなかった偉業達成を喜び称えている。
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『星渡りのテンペスト卿 コアガル訪問で国賓待遇』
“神話の具現者”ホニー・テンペスト・ドラグーン氏は、星環海横断の偉業を讃えられ、コアガル国から国賓で迎られた。
王室主催の歓迎式典に始まり、コアガル首相や王族との会談、国民からの熱烈な歓待が続いた。かつてテンペスト氏も出場した、天竜スピードレースも特別開催され、彼女は優勝者に直々に賞状を授与した。
このレースは「星渡り杯」と名づけられ、今後毎年開催される恒例行事として、コアガル政府より正式に発表された。
――天竜スピードレースは、南部諸島群やコアガルで行われている伝統競技で、10〜15頭の天竜が一斉に空を駆け、速さを競うもの。テンペスト氏は若干11歳の若さで、コアガルの重賞レースでも何度も優勝し、現地では「スピード狂い」の異名でも有名である。
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テンシェン国スートウ宰相は、シーレイアの新聞を握りしめ、苛立ちを隠さなかった。
「くそっ……あの小娘め。星渡り達成とは、実に厄介なことをしてくれおって……」
星渡り神話は、星環海に面する諸国で古くから伝承されてきた。それぞれに語りは異なるが、いずれも「空を越えた英雄」「神に至った」物語である。
その神話が、今、現実になった。
「シーレイアとコアガルが祝賀を共にするのは予測の範囲内だ。問題は――レコアイトスだ。」
本来、宗教的には近くとも交流は民間レベル止まり、国レベルでの軍事技術や人材の交流はなかった。だが、星渡り達成後、機密レベルでの接触が始まったとの報告が、密偵からもたらされている。
「直接戦を仕掛けるには、またひとつ越えねばならん壁が増えたか……」
当初は、取るに足らぬ少女と見くびっていた存在。
その少女が偉業をなし、国と国の距離を縮め、テンシェンの国家戦略図をも書き換えようとしている。
宰相は、ゆっくりと新聞を丸め、無言で火にくべた。
「だがその偉業すら利用する。それが我が国・テンシェンである。」




