第31話「任務完了!」
星渡りの誕生を祝う祝賀会は、バッファハリーのミルキー教大神殿にて盛大に開催された。
ホニーはテンペスト拝命の儀式で注目には慣れていたつもりだったが、今回のそれは桁が違っていた。
厳かに内密に行われた神都の拝命とは異なり、今回は二国間の国家規模の祭典である。
押し寄せる来賓の波に、ホニーは覚悟と根性だけで対応を続けている。
挨拶に訪れたのは、レコアイトスの副大統領、空軍司令、国教・ミルキー教の教皇、さらにはホニーが好きな活動写真の監督と主演俳優まで。名前も肩書きも覚えきれない人物たちから、数えきれない祝辞が贈られた。
そんな中、ホニーはふと、先ほどもらった監督と俳優のサインをじっと見つめる。
現実逃避だと自覚しながらも、その色紙にはささやかな喜びがあった。
活動写真「精霊三銃士」、ホニーが活動写真館に何度も通い記憶に焼き付けた作品の監督と主演俳優のサインである。
(まさか、ラバット・バーク監督から言葉を貰えるなんて。それも私の活動写真を作りたいなんて.....)
思わず額が緩む。
例えお世辞で言われたことであっても、大好きな監督から自分モデルの作品を作りたいと言われたのだ。
そんな彼女を、フジワラ危機管理局長が遠巻きに眺めていた。
「……まだまだですが、教育はこれからということにしておきましょう」
今日は小言は控えると決めていた。
フジワラの脳裏には、この日までの熾烈な外交交渉の記憶が蘇る。
ホニーが星環海横断を果たす前、すでに水面下で交渉は進んでいたが、当時はレコアイトス側の神話達成に懐疑的な姿勢に苦戦を強いられていた。
むしろ、年若い少女に無謀な挑戦をさせるという印象で、反応はよくはなかった。
しかし、無線で成功の報が入った瞬間、風向きが変わる。
スパークの量産化、軍事技術の相互協力、人材交流、テンシェンへの対抗戦略、そして『星渡り』の国際的な扱い。
なかでも厳しかったのはミルキー教の教皇との交渉だ。
テンペスト卿の留学、テンシェンの精霊支配主義的脅威にどう備えるか。フジワラは一歩も退かず、最終的にはミルキー教の理解を取り付けることに成功した。
もちろん、その際譲歩した犠牲も多い。
現在世界最高の造船技術を持つシーレイアが、空母の建造技術の一部をレコアイトスに譲渡するという一項目は、フジワラにとっても痛みを伴う譲歩だった。
「まあ、空母はこちらの援軍運用も見越したうえでのことだ。及第点だな……」
彼は小さく呟いた。
ふと視線を戻すと、ホニーがいまだにサインを嬉しそうに眺めているのが目に入る。
「留学中に“星渡り”が主演、“星渡り”の活動写真が撮影されると伝えねばな……」
フジワラは、いつもの胡散臭い笑みを浮かべる。
***
祝賀会、そしてミルキー祭が終わり、ホニーとマートは帰国の途についた。
帰路は補給ありの飛行で、南部諸島群を経由して神都アマツへと戻る。
アクル、アーミム それぞれの地で、盛大な式典と祝賀会が行われた。
バッファハリーの喧騒とは違い、見知った顔に囲まれた温かな空間で、ホニーとマートは心からの安堵と成功の祝福を味わった。
そして神都アマツでも祝賀会は予定されている。
だがまずアマツに戻った二人は、まっすぐに御使い様の元へと向かう。
扉をノックすると、いつも通りの優しい声が返ってくる。
「どうぞ、入ってください」
御使い様はいつもと変わらない様子で迎えてくれる。
扉が開かれ、ホニーとマートは勢いよく部屋へ飛び込んだ。
『御使い様、任務達成しました!』
二人は満面の笑みで、御使い様からの厳命「必ず生きて帰ってくること」を報告した。
御使い様は、ゆっくりと立ち上がり、優しく温かい声色で告げる。
「おかえりなさい、ホニー、マート」
その一言に込められた想いが、ホニーとマートの胸に静かに染み渡っていく。
***
そして――
一つの神話が生まれた時、次の物語が静かに幕を開ける。
テンシェンの王宮。 赤い月の下、少年が静かに神に祈りを捧げていた。
「星がどんなに輝こうと、我がテンシェンの覇道を阻むものであらず。そうでしょう――」
二つの大国シーレイアとレコアイトスの急接近、それをよしとはしない大国テンシェン。
新たなる戦火の予兆が、確かに世界を侵食しうごめいていく。
竜使いの鎮魂歌「第一部」これにて完了です。この後は3話ほど幕間を挟み、舞台は3年後へと進みます。
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第二部も皆さんに楽しんでもらえるよう頑張ります。




