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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹


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第28話 「兄」

時間はグラル達がホニーと合流する少し前まで遡る。


夜明け前の空。

レコアイトス・バッファハリー飛行場には、まだ夜の気配が残っていた。


グラル・ドラグーンは赤竜レジルの背に乗り、その目の先は水平線の向こうをじっと見据えてる。


妹ホニーの星環海横断――それは、神話でしか語られなかった大空の偉業。

今、この瞬間、14歳の妹と天竜のマートが、それを現実に変えようとしている。


妹が挑戦する時に自分が任務でレコアイトスに滞在してると知ったとき、グラルは軍上層部に即座に申し出た。

「到着時の迎えは、自分にやらせてほしい」と。

儀礼や国際的配慮を差し置いてでも、ホニーの顔を最初に見るのは、自分でありたかった。


(満身創痍で着くのは間違いない。あいつなら飛びきる。でも、ぎりぎりだ)


そう、兄としてだけではない、竜使いとして見ても……

――あのふたりは、間違いなく別格だった。


夜明けの空には、この地方では珍しい濃い霧が立ちこめていた。

これでは、着陸すら困難だ。

グラルは上官の許可を得て、予定より早く空に上がった。



***


霧を抜けると、東の空が淡い青に染まっている。

太陽は、まだ水平線の下。


「ホニー、マート。聞こえるか?こちらグラル。応答を求む」


グラルは無線に呼びかけるが、ホニーからの返事はない。

想定飛行ルートをなぞりながら、何度も呼び続ける。


そこでグラルの心の奥に、不安が広がる。


(まさか、渡り切れなかったのか……?いや、あの二人に限ってそんなことはない...)


否定したい想像が、頭を駆ける。

無線も反応しない。霧の向こうは、ただ沈黙している。

考えたくもない“死の気配”が、霧の向こうから忍び寄ってくる気がした。


(断念するにしても、途中で連絡が入る手筈になってる。大丈夫だ、二人は死んでない)

グラルとレジルは飛んでくるであろう西の方角を必死に探す。


そのときだった。

朝日に照らされ始めた霧の上に、ぽつんと、白い点が浮かんでいた。


(……まさか)


グラルは即座に無線で呼びかけながら、全速で向かう。


近づくほど、それが確かに“マート”だとわかった。

だが、様子がおかしい。

飛んでいるというより、漂っている。風に流されるように。


「ホニー!? マート、応答しろ!」


焦りが混じる声で叫ぶが、無線は静まり返っている。

――と思った矢先、機器がわずかにノイズを拾った。


「……ね、ナーグルが天使の格好で迎えにきてくれた方が……」

「だよね、グラル兄とレジルじゃ回収担当だよ……」


ホニーとマートの、ぼやき混じりの会話が聞こえる。


(……あいつら、俺たちのことを“死んで迎えに来た精霊”だと思ってやがる)


死を疑わぬほど――それほどまでに、過酷で極限だったのだ。


ならば、と。

兄は、ふたりが“死んだ”と思い込んでいるのなら、あえて現実を突きつけてやると決める。


> 「星環海横断、成功おめでとう。安心しろ、しかりはしない。俺とレジルでお前らの回収に来た。」



無線の向こうで、しばらく沈黙があった。


そして――


> 「へっ……? グラル兄、今なんて?」




しどろもどろな返答に、グラルは笑いながら続ける。


> 「神話への挑戦、成功だ。お前たちは“星渡り”になったんだよ」




“星渡り”。

それは伝説の中だけの称号だった。

だが今、目の前のあの白い竜と、その背に乗る小さな少女が、その名を現実に引き戻した。


グラルは無線の周波数をレコアイトス用に切り替える。


『こちらシーレイア海軍所属、グラル・ドラグーン。神話が再誕した。星渡りをバッファハリー飛行場へ先導する。』


グラルが告げると無線の向こうで、歓声が上がる。


歓声が広がる無線の向こうで、グラルはふっと目頭を押さえる。

いたずら好きで、いつも年の離れた兄として二人の後始末で謝り回っていた。

その妹とマートが今、神話を現実に引き戻した。

誇りと同時に、もし渡りきれなかったらと胸の奥でずっと恐れていた不安が、ようやく溶けていく。

(ほんとうに、よかった。よくやったよ。ホニー、マート)



***


飛行場に降り立ったふたりは盛大な祝賀式典で出迎えられている。


グラルは目立たぬ場所に降り、遠くから妹達の様子を伺う。


ホニーとマートは、足元もふらつくほど消耗していたが――

それでも、小さな体に似合わぬほど、式典の間ずっと胸を張っていた。

まるで本物の英雄のように。


グラルは、隣に並ぶ赤竜レジルの首筋を軽く撫でながら呟いた。


「……あいつら、本当に立派になったな」


太陽が昇りきる頃、ふたりの影は、大地に深く刻まれていた。


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