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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹


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第27話「迎え」

どれくらい飛び続けただろう。

空と同化してから、時間の感覚はとうに失われていた。

精霊に導かれるのか、風に流されているのかもはや二人には分からない。


気づけば、東の空が淡く色づいてきた。

霧に包まれた海面の先、朝日がゆっくりと昇ってくる。

黄金色の光が、ふたりの頬に撫でるよう差し込む。


そして、逆光の先。

こちらに向かって飛んでくる、一体の大きな天竜の影。


「……え?」


ホニーはその姿に見覚えがあった。

赤竜――兄の竜、レジルだ。

まさか、ここにいるはずがない。兄のグラルは今、レコアイトスにはいない。

軍属の兄がレコアイトスにいるのはおかしいのだ。


一瞬、頭が真っ白になり、あることを悟った。


(……そっか。そういうことか)


ホニーは思い出す。


精霊は、死者が迷わぬよう、親しい誰かの姿で迎えに来る。

恐れぬように。未練なく安心して彼岸へ旅立てるように――そう、言い伝えられていた。



「マート……私たち、たぶん……死んじゃったみたい」


穏やかに、けれど確信をもってホニーは呟いた。


「……そうか。そっか。……ごめん、ホニー。僕……守れなかったね」

マートの声は少し震えていた。


でもすぐに、笑みがにじむ。


「でも、最後まで一緒に飛べてよかったよ。それと僕一人だけ残されずにすんでよかった。」

マートも自分が死んだことよりも、ホニーを失い自分だけ残るという悲劇を感じずにすんでよかった、と素直に伝える。


ふたりはどこか、安らいでいた。

疲労も恐怖も、暖かい風に溶けていく。


挑戦に失敗し命を落とした。それが事実だとしても、二人はやりきって届かなかった結果として、すんなり受け止めることが出来た。


「にしてもさ……精霊が化けるにしては、なんでよりによってグラル兄なの?」


ホニーは赤竜に乗る男の影を見つめて、くすりと笑う。


「ナーグルが天使の格好して迎えに来てくれた方が、よほどそれっぽいのに」

「ほんとそれ。グラル兄とレジルって、迎えじゃなくて回収係でしょ」


緊張から解放された二人は、普段のように雑談を始めていた。


「小さいころ悪さしたときに、グラル兄が来て強制送還された時のやつだよね……」


「グラル兄とレジルにこれから、しかられるのかな?」


どこかふたりは、夢の中にいるようだった。


そして――


不意に、無線から低く、けれどどこか安心感のある声が響く。


> 「……星環海横断、成功おめでとう。安心しろ、しかりはしない。俺とレジルでお前らの回収に来た。」



「……えっ?」


ホニーは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

同時に、無線が繋がっていたこと自体にも驚愕する。


その声が、続けて言う。


> 「霧が晴れてきた。下を見てみろ。お前たちは、もう渡りきってる」




視線を下ろすと、

朝日に照らされた金色の霧の向こうに、確かに――大地が、広がっている。


朝日に照らされるたび、ホニーの胸に張り付いていた絶望が一枚ずつ剥がれ落ちていくようだった。


「グラル兄……今、なんて言った……?」


ホニーは確かめるように聞き返す。

まだ夢の続きのようで、現実を掴み損ねている気もする。



> 「神話への挑戦、成功だ。お前たちは神話の“星渡り”になったんだよ」



“星渡り”。


それは伝説だった。

神話の時代、星環海を越えた者に贈られた称号。

空と海を越え、神話を現実にした者にのみ与えられる、名。

神すら討ったものの称号。


「星渡り……」


その言葉が、胸にゆっくりと染み込んでいく。


心は、何度も折れかけた。

いや、ホニーもマートも一度は絶望し、心が折れていた。


無線は絶たれ、霧に包まれ、恐怖に呑まれた。


それでも進むしかなかった。

むしろだからこそ、精霊を味方につけ進むことができたのだ。


その結果、彼岸ではなく現実に辿り着いた。


(でも……今も、夢の中にいるような気がする)


地面を見ても、実感はまだ遠い。


「マート、私たち……やったんだよね」

「ホニー、僕たち.......やったんだ!」


二人は同時にそう言った。

そして、ホニーは静かにマートの首に腕を回した。

竜の温もりが、確かにそこにある。



その二人をグラルとレジルが優しく見つめている。

(ホニー、よくやったな……)



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