第3話 「帰省」
久しぶりのアクル島の陽射しは、空気ごと肌を焼いてきた。
ホニーは額の汗をぬぐいながら、懐かしい木の扉に手をかける。
この扉を開ければ、多分叱られる。──でも、「ただいま」を言いたかった。
思い切ってノブをひねると、勢いよく扉が開いた。
「ホニー姉、おかえりー!! ママー! ホニー姉が帰ってきたよー!」
家を出たときにはまだ小さな泣き虫だった弟・ナーグルが、まぶしいくらいの笑顔で飛びついてきた。
「ナーグル、ただいま。大きくなったね!」
ホニーはしゃがみこみ、弟の頭をくしゃっと撫でる。
「先月の誕生日には帰ってきたかったんだけど、遅くなってごめんね。……誕生日おめでとう」
「ありがと! マートの鱗で作ったプレゼントも届いたよ。
僕もホニー姉みたいなすごい竜使いになるんだ! 立派なドラグーン家の一員になるよ!」
ナーグルは目をキラキラとさせながらホニーに語る。
「ふふっ、私を目標にするとは見る目あるじゃん? でも大変だよ〜?
なんたって、最速の竜・マートの相棒で、最年少の竜使いだからねっ!」
弟のナーグルに向けて胸を張り、キリっとした表情で告げる。
「知ってる! 精都のお祭りの新聞、家にも届いたよ! “竜使い少女の献身”って書いてた!」
ナーグルはホニーに新聞を見せようと探し始めた。
「……本当!? えっ、それって島の人たちも読んでるの?」
ホニーが冷や汗を浮かべたところで、落ち着いた声が背後から響いた。
「お帰りなさい、ホニー。……玄関で長話もなんだから、居間でゆっくりお話しましょうか」
ホニーの母親が出迎える。声は静かで、優しげ──でも、無言の“処刑宣告”のような重さを感じる。
「ナーグル、マートのところに行って遊んできなさい。
あの子にも、プレゼントのお礼を伝えてね。あと、一時間後にまた来るようにって」
「えっ!? マートも家に入りたいと思うんだけど、あの、ね?」
ホニーは焦りながら、マートに助け舟を出してもらおうと必死になる。
「マートとは外でも話せるわ。ホニー、お母さんはちょっと内密な話がしたいの」
「ママー、マートと遊んでくるねー!」
ナーグルは何かを察したように元気よく走っていった。
――玄関が静まり、居間に足を踏み入れたホニーは、今にも怒りが決壊しそうな母と対面する。
そして、母の真正面の椅子に座らされ、たっぷり一時間、絞られることになった。
***
一時間後、扉が開く音とともにナーグルがアクルの里長である父を連れて戻ってきた。
「ホニー、おかえり!」
父はにこやかに笑っていた。
「……うん、その様子なら俺からは何も言わなくていいか」
「うん。だいぶ怒られたから……」
父の言葉に乾いた笑みを浮かべて返す。
「でも、頑張ってるんだな。
マートからも報告を聞いた。里長としても、父親としても、誇らしいよ」
父の声は優しかった。けれど、その目の奥にある影に、ホニーは少しだけ気づく。
「ほんとは、あの時、御使い様の所へ行かせるか躊躇ったんだ。まだ12歳だったし。
最速の竜と契約していたとはいえ、学校だってあと数年通っててほしかった」
「……でも、仕方ないよ。マートとは契約してたし。
それにグラル兄やラシャ姉みたいに軍属じゃなくて、御使い様の直轄って配慮もしてもらってるし」
食卓に少しだけ沈黙が落ちる。
「グラル兄、この前軍艦と一緒に飛んでる写真を送ってくれたんだよ。カッコよかったなぁ……
私も、15になったら軍に転籍できるんだよね? 空と海を駆ける竜使いって、憧れちゃう」
ホニーは空気を少し和ませようと少しおどけた調子で話した。
その様子に母はため息まじりに首を振る。
「まずはそのお調子者なところを直してからね」
「ひどいっ! 私だって“ホニー世代”とか言われてるくらいには期待されてるのに!」
ふくれっ面で抗議するホニーに、父は笑った。
「ははは、やっぱりホニーが家にいると賑やかだな。
なあ、次はいつ帰ってこれそうだ? 家族みんなで集まろうって話になっててな」
「グラル兄達も忙しいんでしょ?私も 次の配達とか結構詰まってるし、二、三日ならちょくちょく帰れるかもだけど……。なんで?」
父がちらりと母を見る。
母は食後のお茶をゆっくりと飲みながら、さらりと言った。
「ルルザさんから、“精都アーミムで一番の温泉宿”の宿泊権をもらったのよ。
“苦労してる親を癒すために、娘から親孝行をさせてあげてください”って」
ホニーの顔から、音がするほど汗が噴き出す。
「……え、もしかして……アーミム国際ホテル?」
ホニーが尋ねると母はゆっくりと頷いた。
「あそこ、個人で泊まると目玉飛び出るくらい高いよ!? 無理だよ!? わたしには払えないっ!」
「あるじゃない? あなた、報奨金もらってたでしょう?」
母の含み笑いが怖かった。
「あっ……ルルザ!!」
叫んだあと、ホニーはへたり込むように椅子に戻る。
だが数秒後、気を取り直して顔を上げる。
「でも、あそこならマートも泊まれるし……マートの家族も呼べるよね?」
満面の笑みで、ホニーは言った。
「なんとか頼み込んで休みとるからさ! 家族みんなで、温泉行こうね!」
中々休みが合わないから先になるかなと思いつつも、憧れの高級温泉宿に泊まれることになり久々の帰省はホニーにとってこれからの楽しみを生み出した。