第21話「選べる立場」
星環海の横断が正式に決まり、ホニーとマートは準備に奔走していた。
そんな中、御使い様からの言伝が届く。
> 「貴方を担ごうとする人と会わせます。心して来るように。」
その言葉は重く、そして妙に具体的だった。
「マート、いったい誰なんだろうね……」
ホニーは着替えながら落ち着かない様子で尋ねる。
「きっと……僕たちじゃ相手にならないような人だろうね。」
マートは無力感と警戒を込めて苦笑する。
「行くしかないんだけど、どうしてこのタイミングなんだろう……」
ホニーは深く息を吸い、表情を引き締めた。
「――よし、行こう。」
***
同時刻、御使い様の私室。
「まさか私とテンペスト卿を引き合わせるとは……聞いたときは、驚きましたよ。」
そう言うフジワラ局長の顔には、驚いた様子など微塵もない。
「国益のためです。そして……あの二人の覚悟に、応える責任が私にもある。」
御使い様は静かに、だが芯のある声で答えた。
「覚悟、ですか。……会うのが、楽しみですね。」
フジワラはいつもの胡散臭さを漂わせた笑顔を浮かべる。
「……貴方、非公式の長距離飛行を知っていて、わざと打診したでしょう?」
御使い様の声が、少しだけ鋭くなる。
「光るものというのは……放っておいても、目に入るものですから。」
フジワラが言ったその時、ノックの音が部屋に響く。
「御使い様、ホニーです。」
「どうぞ。入ってください。」
ホニーとマートが部屋に入ると、そこには見知らぬ男が、御使い様の正面に座っていた。
ただ者でない空気が、部屋に充満している。
その男――フジワラがゆっくりと立ち上がり、丁寧に一礼した。
「初めまして、献身の少女ことホニー・テンペスト・ドラグーン殿。私はシーレイア危機管理局長、フジワラと申します。」
その笑顔は穏やかだが、底が見えない。
(……ヤバい人が出てきた。)
ホニーとマートは同時に思った。
軍部の幹部あたりだと思っていたが、よりによって国一番の伏魔殿の長が出てくるとは。
危機管理局、シーレイアの表も裏も全て管理しているという噂が絶えない部局。
その局長は首相や元帥すらも支配していると言われている。
――軍の大将が出てきた方が、まだ気が楽だったかもしれない。
しかし、ホニーは怯むことなく、一歩前へ出る。
「初めまして、フジワラ局長。ホニー・テンペスト・ドラグーンです。日頃から い ろ い ろ とご配慮いただき、感謝しております。」
そう言いながらも、少し目は泳いでいた。
「ふむ。御使い様が“会わせたい”と仰るだけのことはありますね。」
あえて値踏みするような言い方でホニーの神経を揺さぶる。
「ホニー、この方が“貴方を担ごうとしている人”です。」
御使い様がストレートに告げる。
「一度は会っておいた方がいいと思いまして。今後のために。」
「フジワラ局長は――人格は大きな問題はありますが、国に対して‘だけ‘は誠実な方です。」
「ひどい言いようですね。まあ、事実ですが。」
フジワラの表情が僅かに鋭くなる。
目が笑っていない。鋭利な意志の刃が、空気を切るように走る。
ホニーは背筋を正し、視線を逸らさず返す。
「どのように担がれるおつもりかはわかりませんが、私は自分の意志で、国のために行動します。」
フジワラの笑みが消える。
そして、声のトーンを一段低くして言った。
「……担がれた方が楽なものを。どうして、あえて棘の道を選ぶ?」
ホニーは言葉を選びながら、絞り出すように答える。
「これからの時代、知らされずに動かされるのは……嫌なんです。
自分で選んだなら、苦しくても納得できますから。例えそれが、棘の道だとしても。」
喉が乾く。足が震える。それでもホニーは、言葉を止めない。
沈黙が部屋を支配する。
その数秒後、フジワラがふっと笑った。
「……いいですね。会ってよかった。」
その声は、先ほどまでの冷たさとは違って、どこか柔らかかった。だが、次の言葉は凍えるほど冷たく放たれる。
「ただし、覚悟だけでは戦えない。感情だけでは国を守れない。」
淡々と、それでいて、確実に突き刺すように。
「選べる立場というのは、強者しかゆるされない特権です。人も、国も。」
ホニーは何か言い返したかったが、言葉が出てこなかった。
その一言で、自分の“未熟”が明確になってしまったからだ。
御使い様が静かに口を開いた。
「だからこそ、今日会っていただいたのです。」
フジワラが御使い様に目を向ける。
「ということは……?」
「ええ。星環海横断が成功した後は、外交・軍事・内政――必要な教育を施してください。」
ホニーは思わず口を開いた。
「御使い様!? それはどういう――」
御使い様は静かに、そして確かに告げる。
「“自分で選ぶ”とは、全てを知ったうえで判断するということです。
それが“覚悟”だと、あなたが言ったのです。」
ホニーは言葉を失った。自分の言葉が、自分を追い込んでいる。
胸の奥で熱いものが込み上げてくる。
しばらくして、ホニーはマートと視線を交わし、ゆっくりと前を向く。
「未熟で、何も知らない私ですが……ご指導のほど、よろしくお願いします。」
そう言ったホニーの目には、迷いはなかった。
テンペスト卿として――
この瞬間、彼女はひとつの“扉”を開けた。




