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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹


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第19話 「張り子の竜」

「ねえ、マート。私たちって、本当に……星環海、横断できると思う?」


高空を滑る白き天竜の背で、ホニーがぽつりと呟いた。

空はどこまでも青く澄み渡り、まるで何もかもが穏やかであるかのようだった。


「できないとは言わないけど……たぶん、成功率は九割くらいかな。」

マートの声は淡々としていたが、そこにいつもの余裕はなかった。


「つまり、一割は……”死ぬ”ってことだよね。」

ホニーはわずかに笑った。笑顔というよりは、自分の直感が正しかったことへの皮肉のような、そんな笑みだった。


「魔力も体力も、ほんとギリギリのラインだと思う。何かひとつでも不測の事態があったら……その時点で、終わりだね。」


「うん……でも、完璧な空の旅なんて、まずあり得ない。」

ホニーは静かに答える。


「星環海の単独横断、星渡りって……たしか、神話の中の天竜と竜使いしかやったことないんだよね。これまで何度も優秀な竜使いと天竜が挑んで、散っていった。」

星環海を渡れる者は、星々すら渡れる──そう語り継がれてきた。


「そう。昔から語られてきた“空の英雄譚・星渡り神話”。」


マートの声が、どこか懐かしげに響く。


星渡り神話、若い竜使いと天竜が、故郷を襲った逆神を討つために星環海を渡った。

その果てで仲間を得て、逆神を打ち破った──


短い沈黙ののち、ホニーがぽつりと呟いた。


「……テンペストの名をもらってから、なんかさ。ずっと“お飾り”みたいな扱いばかりでさ。」


「飛行船の先導も、霊都の密命も……全部、“テンペスト様”として任されてるんだよね。」


「でも、裏じゃ“年不相応”だの“張り子の竜”だの言われてさ……。なんなのそれって。」


マートは、ホニーの声に混じる苛立ちと悲しみを、黙って受け止めた。


「勝手に期待して、勝手に担がせて、勝手にがっかりして……意味わかんないよ。」


その言葉の奥にある感情を察して、マートが口を開こうとしたとき――


「ねえ、マート。」


ホニーの声の調子が変わる。静かで、少し冷たくて、でも、まっすぐだった。


「星環海の横断、一緒にやってくれる?」


「……え?」

マートは思わず聞き返す。


「さっきまであんなに不満そうだったのに、なんで急に?」


ホニーはしばらく何も言わず、やがてぽつりと答えた。


「……私みたいな小娘が、このまま肩書きに潰され踊らされるくらいなら、神話級の偉業でも成し遂げた方がマシって思ったんだ。」


ホニーの発言を聞き、マートは戸惑いながらも告げる。

「でも、僕たちは軽い神輿くらいで、ちょうど良いんじゃない?担がれてるだけなら、無理に傷つかなくてもすむ。」


マートは茨の道を行こうとするホニーを止めようする。

相棒からそう言われたホニーの目は、遠く地平線を見つめていた。


「うん。平和な時代だったら、きっとそれでよかった。」

霊都で久しぶりにあった親友ジャスミン。これから起こることへの覚悟を決めた目をしていたことを思い出す。

それに比べて"テンペスト”の名を貰っただけのお飾りの自分。


ジャスミンが前へ進んでいくのを感じ、自分だけ取り残された気がした。

だから星環海横断の打診があってから考えていた。


「でも、これから私の行動一つで、きっと誰かが動く。意見も、判断も、戦争さえも。そんな時に“担がれるだけの人形”じゃ、何もできない。」


風が強くなってきた。マートは、ホニーの横顔に、どこか決意と諦めが混ざっているのに気づく。


「だったら、不条理な命令を突っぱねられるくらいの“力”が必要なんだよ。」


しばらく黙っていたマートが、ふっと小さく笑った。

「……分かった。星環海横断、命がけには変わりない。でも、しっかり準備して飛ぼう。」


マートは小さく息を吐き、相棒の覚悟を受け止めるようにうなずいた。


「うん、ありがとう。」

ホニーは少しだけ微笑んだ。


そのとき、眼下に広がる大地が徐々に近づいてきた。


「そろそろ着陸準備……思ったより早く着いちゃったね。」


時間を忘れ真剣に話した二人。予定よりも二時間早く、ホニーとマートはコアガル国の飛行場へと降下を開始した。



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