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第18話 「星環海」

「昨日は予定が変わり、すまなかったね。」


領主アドレの前に立つホニーは、いつもより一層背筋を伸ばしていた。

今日はコアガル国への親書の正式な受け渡し。テンペスト卿としての仮面を、彼女は精一杯装っている。


「こちらこそ。昨日は多くのことを学ばせていただきました。ありがとうございました。」

言葉こそ丁寧だったが、その声の奥にわずかな緊張がにじむ。


「ふむ……まあ、あの司令相手によくやったものだ。」

アドレはくすりと笑い、ホニーの表情を見てひとつ頷くと、静かに切り出す。


「それと……先ほど届いた御使い様から伝令を預かっているわ。」

ホニーとマートの視線が真っ直ぐにアドレを捉える。領主は一瞬だけ言葉を選び、それから淡々と内容を伝えた。


――霊都からコアガル国までは無補給で飛行すること。

――帰還時も、トラブルがない限りは補給を受けずに神都へ戻ること。

――そして…


「……そして、神都に帰還後。準備が整い次第、二人にお願いしたい任務があるそうよ。」

アドレの言葉がそこで止まる。ホニーの喉がごくりと鳴った。


「新大陸レコアイトスへの親書を携え――大いなる海・星環海を、無補給単独飛行で横断してほしいのだと。」


一瞬、時が止まった。

ホニーとマートは言葉を失い、互いに顔を見合わせる。


「星環海の……単独横断……?」


「ええ。単独横断。」


アドレの表情は、申し訳なさそうな柔らかさを帯びていた。


「私も詳細は知らされていないわ。ただ言えるのは――この国が、あなたたちに偉業"神話の達成”を期待しているということ。」


ホニーは記憶を探るように、過去の言動を思い出す。


「……以前、海上補給ありなら単独横断できるって言ったこと……ありました。でも、それは――」


「あと、天候が良ければ無補給でもいける“かも”しれない、とも。」


マートが静かに続け、ホニーはうなずく。

それは、根拠のない自信だった。だが今、それが“国家の命”に昇華されている。


「……伝えるだけの身で言うのもつらいけれど、そろそろ出立の時間よ。」


ホニーは声を発しないまま頷き、ぎこちなくマートにまたがった。



***


同時刻、神都アマツ――御使い様の私室。

「……本気なのですか?」


淡く香の立ち込める部屋の空気が、ふっと張りつめる。


「未だ神話以降誰も成し遂げたことのない星環海の単独横断を、ホニーとマートに命ずるとは。」


御使い様の声には、普段見せぬ怒気がにじんでいた。

対面するのはフジワラ危機管理局長。彼はまったく動じる様子もなく、静かに口を開く。


「はい。これは、この国の未来にとって不可欠な一手です。」


「レコアイトスとの協力体制の布石……。」

御使い様は視線を落とす。

あの大陸国家テンシェンと戦争になれば、海を越えた友好国レコアイトスの立場が鍵となる。だが彼らを引き込むには、強い“意味”が要る。


「ご承知の通り、彼の国は“英雄的行動”に非常に敏感です。敵味方問わず、偉業を成した者に敬意を示す気風がある。」


フジワラはそこで一呼吸置き、わざと御使い様に続きを言わせるように黙った。


「……だから、ホニーに親書を持たせ、空前の飛行記録を達成させることで“象徴”を送る……と?」


フジワラの口元が歪む。


「そして、その親書の内容は――試作機スパークの技術提供および量産の依頼です。」

静寂に亀裂が走る。


「……あなたは、この国を売るつもりですか。」

御使い様の声が、低く冷たく響いた。


「スパークは我が国の魔導技術の結晶。いくら友好国とはいえ、同盟国ではない国に渡せるものではない。」


「しかし、現実問題として量産化の目処は立っていません。我々の工業基盤ではスパークの構造は複雑すぎる。」


「それでも――!」


「だからこそ、量産はレコアイトスに任せ、我々は《ライコウ》のような一点特化型の研究に集中すべきかと。」


御使い様は黙った。

フジワラの狙いが“単なる技術供与”ではなく、“象徴外交”と“量産戦略”の融合にあることは理解できる。

そして彼が狙う“本質”――


「……フジワラの狙いは、精霊との共存を象徴するホニーとマートを使って、精霊支配を嫌う彼の国の世論を引き込むことですね。」


「ええ。レコアイトスは神や精霊を信仰する多神教国家。彼らがテンシェンの“唯一神による支配的兵器”に加担するとは思えません。」


「それでも――その象徴を、14歳の少女に背負わせるのか。」


御使い様は、静かに目を閉じる。


「私は……、本人たちに判断を委ねます。」


「ありがとうございます。」


フジワラは胡散臭い笑みのまま、深々と頭を下げた。


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