第2話「鎮魂祭の代償」
澄み渡る晴天。
白い竜が雲間を切り裂くように駆けていく。
その背に乗る少女は、風に揺れる髪を押さえながら、にんまりと笑っていた。
精都アーミムへ鎮魂祭の手紙の配達を完了し、ホニー達は自分たちの故郷アクル島へ向かっていた。
「マート、言ってみるもんだねー。まさか、あんなに“お気持ち”もらえるとは思わなかったよ」
「……いやホニー、それもうゆすりの域だったから。ルルザさん、完全に呆れ顔だったよ」
相棒の竜・マートがため息混じりに返す。
規則違反のリスクをとり、無理を通した手紙の配達。鎮魂祭の成功したその裏で規則違反の責任を取るとホニーは言ったのだ。
もちろん、悪ふざけで。
「面会でわざと正装の格好をして、ルルザさんが話す前に“自分の独断で台風を突っ切ってしまった、責任を取ります”とか言い出すからさ。
罰則適用されたら、禁固五年だよ? 精都の祭の屋台、全部に嘆願書の署名コーナーができてたの知ってた?」
「えっ、そんな大ごとになってたの!?」
ホニーは目を丸くして振り返った。
「配達終わって酒場で、“命がけで台風突っ切った健気な子ムーブ”したら面白いかなって……ちょっと思いついただけなんだけど?」
ホニーは気まずそうに実際のところを話す。
「そこに新聞記者がいたんだよ。“最年少竜使いの涙ぐましい献身”って号外でちゃってさ。 尾ひれどころじゃなかったよ。祭の熱気もあって、下手に罰則なんて下されたら、暴動起きそうなレベルだった」
「……え、じゃあルルザさんがくれた“お小遣い”って……?」
ホニーは恐る恐るマートに尋ねる。
「うん、あれ。領主の個人資産からの報奨。ていうか、謝礼って名目だけど、実質“示談金”だよね」
「うわー……ちょっと悪いことしちゃったかも」
ホニーは頭を掻いたが、すぐにケロッとした顔になる。
「ま、まあいっか。マートも一緒に怒られてくれるでしょ?」
これが母にばれたら大目玉は確実。実家で母からのおしかりは回避したいと思いつつマートに尋ねる。
「僕は怒られないよ? 面会前にちゃんと、“止められなくてごめんなさい”ってルルザさんに報告済みだし。 今回の件、ホニーの単独行動ってことで処理されてるから」
マートの話す様子からすでに母親には報告されてそうな雰囲気だ。
「あとルルザさんホニー成長して見直したと思ったけど、見直すことを見直すってため息ついてたよ。もしかしたらゆすらなくてもお礼たくさんくれるつもりだったのかもよ」
マートから驚きの一言が放たれる。
「えっ!?もしかしてわたしのしたことって」
「ただの達の悪いゆすりじゃない?ルルザさん鎮魂祭が無事開催できたことは本当に感謝してたのに」
「なんで早くそれ言ってくれなかったの!?ひどい!!裏切り者ッ!!」
ホニーがぐいっとマートの首筋を叩く。
「竜にとって最初の契約者って、最も特別な存在だよね!?
生まれた時間も場所も一緒、魂で結ばれた双子のような存在である私を、見捨てるって言うの?」
ホニーは抗議の意味でマートの首筋を軽く叩き続けているが、マートは気にする様子はない。
「冤罪で死刑になりそうな半身がいたら、普通は助けるよね!?
なのにこの双子の片割れ、自分の罪をなすりつけてきたんですけど!?」
「マートに罪をなすりつけるとか、そんなひどい奴──って、私か!」
ふたりは数秒見つめ合い、同時に吹き出した。
「……でも、ちょっとやりすぎたのは反省してるよ。だからさ、せめてフォローくらいお願いね?」
「はいはい。敏腕弁護士マート様の出番だね。
死刑を懲役100年くらいに減刑してあげるから、ありがたく思ってね?」
「それ、死んでも出られないよ。」
ホニーは両手で顔を覆ってわめく。
「もういいや、着いてから考える! 久々の里帰りなんだし、なにするか決めよ!」
「ホニーの収監は確定だから、僕は僕でなにするか考えとくよ。──って、もう見えてきた。着陸準備入るよ」
二人の視界にホニーとマートの故郷アクルが見えてくる。
「了解! あー……久々の里帰り、楽しもうね。怒られるかもだけど」
「うん、どのみち逃げられないしね」
風が緩み、二人の影が山間の谷へと落ちていった。