第17話 「カラバロン鎮守府」
予定変更を伝えられたのは昨夜だった。
ホニーたちは領主アドレの伝令を受けて、急遽カラバロン鎮守府を訪れることになった。
「ジャスミン、もう一日よろしくね」
朝の光の下、ホニーは笑顔で声をかけた。
「私も、ホニーと今日も一緒にいられて嬉しい」
ジャスミンは今日も元気よく笑う。昨日とは違い、どこか落ち着いた明るさがあった。
「ちなみに……今日、なに憑けてきたの?」
少し警戒しながらホニーが聞くと、ジャスミンはウインクを返した。
「海の微精霊。今日は“穏やか系”。なんたって、軍港だしね」
ホニーが苦笑しかけた時、マートがそっと耳打ちする。
「大丈夫だよ。あの子はおとなしい精霊だよ」
その言葉に少し安心しながら、彼らはカラバロン鎮守府へと向かった。
***
荘厳な造りの正門を抜けると、ジャスミンが姿勢を正して名乗りを上げる。
「霊都航空隊大尉 ジャスミン・シャマン。アドレ領主の命により、テンペスト卿をお連れしました」
先ほどまでとは打って変わって、軍人の顔に切り替わった彼女。
ホニーはその変化に気圧されつつも、言葉なく背筋を伸ばす。
「司令総監との約束だな。応接室でお待ちを」
案内されたのは、またもや絢爛な応接室だった。
ホニーは思わずマートに視線を向ける。
「……なんか、最近こればっかりじゃない?」
「うん。そろそろ慣れようね、ホニー。いちいち驚いてると体力もたないよ」
「だって、毎回緊張するんだもん……」
ぐりぐりとこめかみを指で押さえながら、ホニーは苦笑する。
ノックの音が響き、重厚なドアが開いた。
「お主がホニー・テンペスト・ドラグーンか」
低く、ややしゃがれた声。
「ワシはこの鎮守府の司令、マサル・ヒサモトだ」
軍帽の下から覗くのは、老獪な鋭さをたたえた眼。
その一言に、ホニーは思わず背筋を正した。
「はい、私がホニー・テンペスト・ドラグーンです!」
軍式の敬礼を交えて答えると、司令は一拍置いて問うた。
「領主からお主に会い、基地を案内するようにと命じられたが、して何用か?」
「えっと……昨日の夜に、急遽こちらに伺うようにと伝えられたのですが……」
ホニーは困ったように視線をジャスミンへ向ける。
「申し訳ありません。私も“お連れせよ”との命のみで、詳細は存じておりません」
ジャスミンの発言と同時に、空気がすっと冷えたような気がした。
「テンペスト卿は、昨日、確か”親書”を届けたと?」
「はい。本来は本日に出立予定でした……」
ホニーの声に、微かに緊張がにじむ。
「なるほど。これは、親書の“密命”の一つということか。ワシが案内せよということじゃな」
ホニーがぎょっと目を見開いたのを見て、ヒサモトは口元だけで笑った。
「目は口ほどに物を言う。気をつけることじゃ」
それだけを言い残し、ヒサモトは背を向ける。
「案内する。ついてこい」
***
霊都カラバロンの市街地からかなり離れた場所にあるカラバロン鎮守府は――ホニーの予想を遥かに超える規模だった。
連なる艦艇、埠頭に整列する兵士、整備工場の横に並んだ複数の空母。
甲板上には、最新型とおぼしき飛行機がずらりと並ぶ。
「……すご……」
言葉が漏れた。
「先程も言ったが、感情が顔に出過ぎるのはよろしくないぞ。お主の肩書きは、年齢には不相応。足元はすぐすくわれる」
ヒサモトは歩きながら、背を向けたまま言う。
「中部諸島は、北にも南にも睨みが効く。基地を据えるには地理的に最高の拠点じゃ」
「……霊都や中部が孤立気味なのは、降霊術士の奇行のせいだと思ってた……」
ホニーの呟きに、ヒサモトは鼻を鳴らす。
「戯け。あれは隠れ蓑だ。表向き変人に見える方が、真の機能が隠せる。」
「……でも、なんで、私にこんなものを見せるんですか?」
ふと、疑問が口をついて出た。
「知らん。神都の誰かの思惑だろう。ワシは命を受けて案内してるだけじゃ」
淡々と、突き放すような口調。
「だが、戦の影が近いのは――テンペスト卿、お主にも感じ取れるはずじゃ」
ホニーは言葉を飲み込む。
どこかで見ぬふりを感じぬふりをしていたものが、眼前に突きつけられた気がした。
***
鎮守府から戻った頃、ジャスミンに連絡が入る。
「明朝、改めて出立を。親書はその際に渡す」
アドレ領主からの指示だった。
宿に戻ると、ホニーは自室にジャスミンを呼んだ。
「……ジャスミン」
ふだんの軽い調子ではない。ホニーの声には、深い何かが宿っていた。
「ジャスミンは……中部の本当のこと、知ってたんだよね」
「……うん。私の家、シャマン家は中部諸島群じゃそこそこ名前の通った家だし」
ジャスミンは気まずそうに、頬をかいた。
「中部諸島に外から人が来ない理由も分かるのよ。降霊術が特殊で、他所の人が住みづらいのも事実。でも……知ってても言えないのよ。シーレイアの国防のために。」
ホニーはゆっくりと頷く。
「戦争……始まっちゃうのかな」
静かに、ぽつりと呟いた。
「規模は分かんないけど始まるでしょうね。霊都の部外者に鎮守府を見せる。これだけで非常事態なのよ。」
ジャスミンは冷静に返した。
「ジャスミンは凄いね。私はまだ覚悟もなにもできてないよ。」
ホニーはうつ向いたまま話す。
その様子をみてジャスミンはただ、隣に座ったまま、ホニーの肩に寄り添っていた。
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