第16話 「配達」
宿で親友ジャスミンとの語らいを終えた翌朝。
ホニーはマートとともに、ジャスミンの案内で霊都カラバロンの領主アドレの元へ向かった。
通されたのは、静謐な応接室。
中部諸島らしい草木の意匠が施された調度の中、ホニーは背筋を伸ばしながらも、どこか落ち着かない様子で椅子に腰掛けた。
やがて、ノックと同時に扉が開く。
「失礼する」
領主カミル・アドレが現れ、静かに対面の椅子へ腰を下ろした。
深く編まれた髪を揺らしながら、柔らかい視線でホニーを見つめる。
「昨日は、よく眠れましたか?」
「……あ、はい。広くて、ふかふかで……ちょっと落ち着かなかったですけど。ぐっすり、でした」
ホニーは気まずそうに笑いながら、両手を膝に置く。
「ふふ。スイートルームでしたからね。あなたのような年齢の方には、少し贅沢だったかもしれません」
「ほんとに。落ち着かなくて……正直お城に泊まった気分でした」
マートが口を挟むことなく、そっと隣で静かにしている。
アドレはやさしく微笑みつつ、言葉を選ぶように話を続けた。
「けれど、神託により拝命された“テンペスト”ですから。いずれどの国でも、それがあなたの“普通”になります」
ホニーは姿勢を正し、言葉を整えて返す。
「……気をつけます。国外では、あまり戸惑わないように」
「無理はしないで。でも、“見せないこと”もまた、外交の技術のひとつです。やはり子どもだな、とあなどる国もありますから」
アドレの言葉はあくまで優しく、それでいて芯が通っていた。
ホニーは、まだその“芯の太さ”を受け止めきれないまま、小さくうなずく。
部屋に穏やかな空気が流れている。だが、それがふとアドレの一言で変わる。
「……さて、本題に入りましょう。御使い様からの親書を、受け取らせていただきます」
声の調子が一段階、凛としたものに変わった。
ホニーも気を引き締め、親書の封筒を取り出して、マートと目を合わせる。
「星々よ 輝き給え」
呪文を唱え魔術式が発動すると、青白い光がアドレの額に吸い込まれていった。
数秒後――
「っ……ふう、これは何度やっても気持ちのいいものではないわね」
こめかみに手を当てながら、アドレは目を伏せ、ゆっくりと呼吸を整える。
「……確かに、親書を受領しました。内容はこれから吟味します。」
そして顔を上げると、静かに告げた。
「コアガル国宛の親書の準備を行います。詳細は明朝にお伝えします。」
ホニーとマートが一礼し、アドレも軽く会釈すると、静かに部屋を後にした。
***
応接室を出たあと、ジャスミンは大尉しての緊張をとく。
「……ホニー、今日どうする?」
「うーん……霊都、まだよく分からなくて。ジャスミン、案内してくれる?」
ホニーはせっかくだから地元民のジャスミンに案内してもらおうと思い聞いてみた。
「任せて!今日のワタシ、いつもより平和系の霊降ろしてるから!大丈夫よ、多分!!」
「“たぶん”なの? そこ大事なんだけど!」
「大丈夫大丈夫、今日は最高に、食べ歩き向きな霊。お父さんに頼んで貸してもらったの。」
「どんな霊……?」
ホニーは恐る恐る尋ねる。
「世界を旅した伝説のゲテモノハンター、死因は食中毒だって!」
「だめじゃん、その霊……ジャスミンに少しでも期待した私がダメだった」
ジャスミンがなぜその霊を降ろしているか理解に苦しむホニー。
「ホニー安心して、世の中のものは大半食べれるらしいわ!」
ジャスミンが見当違いな発言をして、ホニーの腕を引いて屋台街に向かっていく。
二人の声が遠ざかっていくのを見送って、マートは小さくため息をついた。
***
その頃、執務室に戻ったアドレは深く椅子に沈み込んでいた。
魔術式による親書の内容が、頭の奥にまだ渦を巻いている。
──北部列島の神都アマツを中心とした、テンシェンとの全面戦争の可能性。
──戦時体制に備え、中部諸島郡における民間人疎開の受入準備、物資集積、港湾拠点の拡充を“秘密裏”に進めよ。
──テンペストとマートを、カラバロン軍港司令へ“顔つなぎ”として引き合わせよ。
アドレはこめかみを押さえ、ため息を吐く。
「……秘密裏、なんて……現場の人間には無理な注文を……」
霊都を中心とした中部諸島群は戦火に合うことは薄く、軍備は表向きには最低限しかしていない。
そのため、“影”のように動くことなど、簡単ではない。
しかも――テンペスト。あの少女に何を背負わせようとしているのか。
竜使いであることだけでも、十分重いのに。
「明日、司令と会わせる。せめて、子ども扱いせずに迎えてくれればいいけど」
霊都の高い天窓から、ぼんやりと差し込む陽光。
その光の中で、アドレはひとり、未来の重みに瞼を閉じた。
本日はあと1話投稿予定です。次の17話は21時30分の投稿予定です。