第15話「霊都」
配達任務で中部諸島群へ向かうホニー達。
霊都カラバロンの尖塔が、雲海の向こうに姿を現した。
「ホニー、霊都見えてきたよ」
速度を落としながら、マートが静かに声をかける。
ホニーは気だるげに呟いた。
「……はぁ、やっぱ霊都、苦手だなぁ」
「人よりも精霊や神、霊にとって心地いい場所だからね。ホニーにとっては落ち着かないかも。でもジャスミンも霊都の出身だよ?」
マートは理解を示しつつ、降下角を調整していく。
「というかそのジャスミンよ。降霊術士って、降ろす霊によって性格ガラッと変わるじゃん? 仲良くなったジャスミンがさ、脈絡もなく“ヒャッハー!”っていきなり空戦仕掛けてくるとか、さ」
ホニーは霊都出身の友人を思い出す。
「ああ……“流行の霊”をアクセ感覚で変える人、多いからね。今日は恋愛運アップの小動物霊、明日は反骨精神アップの炎の精霊とか、良く分からないよね。」
マートも理解ができないと言った様子で話す。
「そうなんだよね、それが霊都ノリなんだよね……」
ホニーは思わずマートの首に頭を打ちつけた。
「でも、精霊たちにとっては人と共生して生きるチャンス。力の弱い動物霊とかは、ああやって経験を積むんだ」
「理屈は分かってるよ。分かってるけど……」
ホニーは深くため息をついた。
「“深淵の令嬢”って感じだったあの子が、翌日“夜露死苦”って言って突撃してくるの、私は中々ついていけないよ……」
その瞬間、無線から張り詰めた声が響いた。
「それは、ワタクシのことをおっしゃっていらして?」
ゾクリとするほど冷ややかで高圧的な、貴族的な女声。
同時に、攻撃の気配をホニーは感じ取る。
「っ――来るッ!」
視界の端、太陽を背にした銀の機影が急接近。
ホニーが反応するより先に、マートが身体を傾ける。
ズバァン――!
訓練弾がかすめ飛び、マートの翼の一部がペイントで染まる。
「っぶな……!」
「胴体に命中させたつもりでしたのに。まあ、かすり傷で済んで何よりですわ」
無線の向こうの女は、まるでゲームの勝利でも宣言するように朗らかに告げた。
「ジャスミンっ! いきなり撃ってくるのはないでしょ!?」
ホニーは怒り交じりに叫ぶ。
「ご機嫌あそばせ、ホニー。怒ることないじゃない。 同期で、あの地獄の訓練を共にくぐり抜けた戦友、いや親友というのに」
妙に気取った、しかしどこか芝居がかった口調。
ホニーは目を細める。
「……ジャスミン、また酔ってるの?」
「失礼ですわね! ワタクシを誰だと思っていらして? さあ、先導して差し上げます。ワタクシの後を追っていらして」
言うが早いか、ジャスミンの機体はきびすを返して霊都方向へと旋回していった。
「……これ、言っても無駄で、止まらないやつだ」
ホニーは諦めたようにマートと顔を見合わせ、続行を選んだ。
***
着陸後、機体から降りたジャスミンが駆け寄ってくる。
ホニーが構えかけたが、彼女は満面の笑みだ。
「ホニー!!久しぶり!」
降り立ったジャスミンは、さっきとはまるで別人。
元気よくホニーのもとに走ってきて、高圧的な態度は消え失せていた。
「……ジャスミン? さっきの高圧お嬢キャラは……?」
「ごめん!あれ、今降ろしてる霊の影響で……また少し酔ったみたい……」
元気よく頭を下げて謝るその姿は、ホニーの知る“ジャスミン”だった。
「少し?まったく……ジャスミンは変わってないね。元気だった?」
「もちろん、元気よ!」
再会の喜びを噛みしめる間もなく、マートが視線で何かを示す。
振り返ると、伝統的な刺繍入りの衣装に身を包んだ妙齢の女性がこちらに歩み寄ってくる。
「テンペスト卿。霊都へようこそ。配達任務、感謝いたします」
女性はおもむろにホニーに礼を告げる。
「中部諸島郡領主、カミル・アドレ様。御使い様からの親書、お届けに参りました」
ホニーは姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
カミルは柔らかく微笑む。
「書類の確認は明日、お部屋で。今日はゆっくりお休みください。宿はご用意してあります。」
ホニーに告げた後、カミルはジャスミンに目線を移す。
「ジャスミン・シャマン大尉、テンペスト卿の霊都案内と護衛。明日までよろしくお願いします。宿も、別室を手配してありますので」
「ええっ、わたくしがホニーの護衛任務ですの!? ――ですか!」
我に返ったジャスミンは咳払いを一つして背筋を伸ばす。
「テンペスト卿の護衛任、光栄に存じますっ!」
その目は、緊張と喜びでわずかに潤んでいた。
ホニーはジャスミンの変わりように思わず吹き出した。
「アドレ領主、ご配慮に感謝いたします」
ホニーも再び一礼し、ジャスミンとともに宿へ向かっていく。
***
その背を、領主カミル・アドレはしばし見送っていた。
「……ジャスミンの降霊酔い、だいぶ改善してきたと思っていたのですが」
かつては降霊中に何度も霊の影響を受け、周囲を振り回していたジャスミン。
今や霊都でも有数の“空を飛べる降霊術士”として期待されている。
テンペスト卿の来訪が決まった時、彼女が“先導をさせてほしい”と訴えてきたのを思い出す。
まさか初手で訓練弾を放つとは思わなかったが――
「……神都から届いた新型戦闘機のテストとしては、申し分のない成果でしたね」
確かに、テンペスト卿の回避は遅れた。
訓練弾とはいえ、“あの竜使い”に一矢報いたのは事実。
「感情の制御は未だ不完全。だけど、データとしては上々。……ふふ、いい兆候」
中部諸島群領主・カミルは風に揺れる髪を撫で上げ、満足げに微笑んだ。
明日は2話投稿予定です。次の16話は7時10分、17話は21時30分の投稿予定です。