第137話「竜使いの鎮魂歌」(最終話)
神都アマツ、星導教大神殿。
その広大な庭園は、数え切れぬほどの人々で埋め尽くされていた。
白と黒の礼装が混じり合い、静かなざわめきの中に、時折すすり泣きが滲む。
戦死者追悼式。
戦争の終結を受け、シーレイア連邦が国家として執り行う公式の追悼の儀。
軍人も、民間人も、人も天竜も海龍も、名も無き者も含め、戦争で失われたすべての命を悼むための場だった。
貴賓席に通されたマートは、ゆっくりと庭園全体を見渡す。
どこを見ても、悲しみを湛えた顔。
押し殺した嗚咽が、風に乗って断続的に耳へ届く。
(……ここで、僕たちはテンペストの名を、皆に伝えたんだ)
ふと、記憶が過去へ引き戻される。
ホニーと並び立ち、テンペストの名を拝命したあの日。
首相の口からその名が告げられ、観衆が歓声を上げた瞬間。
マートは顔を上げ、庭園の向こうに広がる神都の空を仰いだ。
ホニーと幾度も飛んだ空。
テンペストの名を得る前も、御使い様の親書を運ぶたびに翔け抜けた空。
あの蒼穹は、確かに二人のものだった。
ターキュ島での捜索に参加し、帰還してからは竜舎に閉じこもっていたマート。
ラシャたちに半ば強引に連れ出され、久方ぶりに目にする神都アマツの景色。
(この街のどこを見ても……ホニーとの思い出が溢れている)
胸の奥が、鈍く痛む。
ホニーが確かに生き、飛び、ここに存在していた証が、街の至る所に刻まれている。
マートの記憶に染み付いていた。
その時、礼服に身を包んだ年配の女性が、一人の幼い子を連れてマートの前に立つ。
「マート様……ありがとうございます。この子は、星渡り様と、マート様に救われました」
南部諸島からの避難船。
霊都へ向かう航路で、何度も警報が鳴り響いたという。
だがその度に、星渡りが敵襲を予見し、空から守ってくれたのだと。
その言葉を皮切りに、人の波が押し寄せた。
南部諸島奪還、空戦での援護、偵察による敵艦隊の早期発見、紅い死神撃破の感謝。
二人の存在が、どれほど多くの命を繋いだのか。人々に希望を与えたか。
礼を告げる声の数だけ、マートの胸は重くなっていく。
人の流れが一段落した時、隣で見ていたナーグルがぽつりと呟いた。
「ホニー姉とマート、やっぱり凄いね」
「……僕が凄いんじゃない。凄いのはホニーだよ」
マートは即座に否定する。
遠くを見つめ、空に視線を預けたまま。
「僕は、ただホニーの望むように飛んだだけだ。決めて、前に進んだのはいつもホニーだった」
空を飛ぶことが、好きだった。
だが今は、ホニーのいない空に意味を見出せない。
「でもさ、ホニー姉、いつも言ってたよ。マートの速さは誰にも負けないって。だから大丈夫だって」
その何気ない一言が、ナーグルの尊敬の目が、刃のように胸を刺す。
(……僕が、最速を出せていたら、みんな悲しませずに済んだ)
「その”速さ”がだせなかったんだ…だから…」
マートは小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。
思考はそこから動かない。
ほんの僅かな遅れ。
それが、命を分けたのではないかという呪い。
二人の間に、重たい沈黙が落ちる。
その時、壇上に首相が姿を現し、式典の開始を告げた。
「これより、戦死者追悼式典を執り行う」
淡々と読み上げられる戦争の全容。
各地で失われた命の数。
アーミム、アクル、レシャス、メディメ、ホナマ、ターキュ島――
ホニーと共に空を繋いできた地名が、一つずつ告げられていく。
どの空も、楽ではなかった。
むしろ、奇跡的に生き延び続けてきただけだ。
(それでも……僕は、ホニーとまだ飛びたかった…いっそ)
ホニーと一緒に死ねたらよかったかも…
こんな苦痛を生涯背負って生きるのなら、共に果てた方が…
そう、マートは思ってしまった。
胸の奥で、言葉にならない願いが渦巻く。
マートが思考の底にいるうちに気付いたら壇上に、御使い様が立っていた。
顔はおろか性別も年齢も分からぬ、いつもの姿。
一瞬、目が合った気がした。
合うはずのない視線が、確かに交わったように。
「まずは、すべての戦没者に、哀悼の意を表します」
静かな声が、庭園を満たし言葉を紡ぎ始める。
―罪なき民間人の死
―民間人を守るための死
―奪われた地の奪還の礎となった死
全ての亡くなった命への哀悼を伝える。
そして、その後告げられた一言に、会場が微かにどよめいた。
「……鎮魂歌の儀を執り行います」
アーミム以外での鎮魂歌の神事の実施は異例。
だが御使い様は迷わず詠唱に入る。
―極性の一等星ポラリスよ、我らの哀悼を受け取り給え
―この地を護った英霊よ、我らから感謝を捧げ
―精霊よ、我が友たちを安らかな眠りへ導きたまえ
その歌に込められた感情をマートは感じ取る。
極星ポラリスへの祈り。
護国のために散った英霊への感謝。
精霊へ託される安らかな眠りへの願い。
詠唱が進むにつれ、風が生まれ始める。
優しく、しかし胸を締めつけるような風。
(……これは、祈りだ。アーミムの鎮魂祭の鎮魂歌とは全く違う祈り。)
神話星渡りの契約竜ポラリスへ。
そして、散っていった魂すべてを常世へ迎えて貰うための祈り。
御使い様ではなく、一人の竜使いだったものの祈りであると。
─竜使いに名において、天津風よ……いま、導かんことを
―竜使いの鎮魂歌
詠唱が終わると、アマツ全土に優しくも悲しい風が吹く。
鎮魂の風を感じ、神も精霊も人々もその調べに祈りを重ね、街は静謐な一体感に満たされていく。
御使い様の術の気配に、僅かにホニーの魔力を感じた。
(えっ、ホニー!?)
その魔力はマートの心に空いた穴を満たしていく。
優しくやわらかい、それでいて明るい陽だまりのような魔力。
「鎮魂の先に、必ず明日は来ます」
その言葉を伝え深々と一礼し、御使い様は壇上を去る。
(明日がくる、か。)
久しぶりに感じたホニーの魔力に、マートは冷静さを少し取り戻していた。
(僕にも明日はくるのかな…)
マートは少しだけ前を向く。
そして、鎮魂の風は大神殿の奥深く――神託の間へと届く。
「ねえ、カラスさん。マート、全然来てくれないね」
不満げで退屈そうな声。
でも、少し風を感じて喜びの色が混じる。
「使者も親書も、全部断られてるっすね。なんか、ふさぎ込んでるみたいっすよ。」
「そっか。でも……今日このあとマートや皆と会えるし、まあいっか」
風は、まだ、神託の間に優しく吹いていた。
まるで神話の終わりを告げるように。
最終話までお読みいただきありがとうございます。
これにてホニーとマートのお話は終わりとなります。
ここまで二人の旅路にお付き合いをいただきありがとうございます。
感想、評価、ブクマ登録是非ともお待ちしてます。
処女作なので作者として、最後まで読んでいただいた読者の皆様改めて感謝申し上げます。




