第11話「テンシェン」
飛行船が穏やかな海の上を滑るように進む中、外交局副局長オオクラは、対面に座る軍服姿の男に問いかけた。
「ガンブ大尉。ホニー君は、上手くやれそうですか?」
「ええ、先導技術に関しては問題ないどころか、あれは一級品ですよ」
ガンブは歯を見せて笑いながら、窓の外、白い天竜に乗ったホニーを指さした。
「それに、少し面白い仕掛けを伝えておきました」
「仕掛け?」
「先導中にテンシェンが威嚇の機動を仕掛けてくる可能性があると。『先に背中を取ってやれ』ってね」
「ふふ、それは楽しみですね」
オオクラもまた、薄く笑った。
***
テンシェン国・某機関
「スートウ宰相閣下、シーレイアの外交船は定刻どおり、コーロン上空に進入予定です」
「飛行経路は?」
「予定通り西方上空を経由、進入後は都市中枢を経て空港へ」
宰相は無言で資料をめくる。そこに書かれた名前に眉をひそめた。
「先導は……テンペスト? 年齢、十四。しかも女か。シーレイアは我が国を見くびっているようだな」
文面の横に貼られた、ホニーと白竜マートの写真。
「献身の少女だの、神託の名だの……ふざけたプロパガンダのために我が国を利用しようとは。よかろう、こちらも“歓迎”してやろう」
握りつぶされた紙片が、床に落ちた。
***
「ホニー、ここからはコーロン市域よ。警戒を怠らないで」
ラシャの声が無線越しに響く。
「了解、先導位置、異常なし。飛行船との距離を保持して進行」
空は澄み、都市の輪郭がはっきりと視認できる。
その瞬間だった。
ゴオッ!
下方から、火のように紅い機影が突き上げてきた。
「敵意……いや、これは威嚇!?」
マートが気流の乱れを読み、わずかに右へずれる。その瞬間、紅の戦闘機がホニーの脇を掠めて通過した。
「来た……!」
声を発するより先に、ホニーはマートに指示を出し行動を開始する。
紅い機影が鋭く旋回し、彼らの背後を取ろうと迫る。
『テンシェンは威嚇してくる。そして、後ろを取りに来る』
ガンブの言葉が脳裏をよぎる。
「なら、こっちが先に取ってやる……!」
ホニーは息を吐くと、マートの背中に体重を預けた。
「上昇、全開でお願い」
「任せて」
白き天竜が一気に天を突く。
高高度で風が薄くなる。体温が奪われる感覚と、耳鳴り。
「……よし、いくよ!」
ホニーの合図と共に、マートが大きく背中を反らせた。
風を裂きながら、竜は天を描く弧の頂点を超える。
鋭く回転する白き閃光が、紅の背後を捉える。
***
「こちら、シーレイア連邦・先導テンペスト。歓迎感謝します」
静かながらも、芯のある声でホニーがオープンチャンネルに声を投げる。
「……テンシェン航空隊、フェン・ウーラン。先導を……交代する」
明らかに悔しさを滲ませたその声。
だが、通信は切れなかった。フェンの言葉は続いた。
「飛行技術“は”見事だった」
「ありがとうございます。任務ですから」
短く、けれど真っ直ぐに返す。
フェンの先導に従い、ホニーや飛行船はテンシェン首都のコーロンに到着した。
ホニーはテンシェンに初めて降り立つ。
(なんだろう、精霊の気配が違う。なによりピリピリと敵意みたいなのを感じる)
なにも言わずにマートに目を向けると目が合った。
「ホニー、あまりキョロキョロと見るのはよくないよ。」
そう言いながらマートは軽く首を振る。
飛行船からおりていったオオクラとガンブはテンシェンの歓待を受けるようだが、それ以外の関係者は飛行船にて待機となった。
「この国、変な感じがするから飛行船待機でよかったかも」
ホニーは飛行船の割り当てられた部屋で小さな声で呟いた。
***
訪問の帰路。
飛行船の中は、静かだった。
オオクラが望んだテンシェン国宰相との会談、意見は平行線をたどった。
外交的には完全に無駄足となった今回。
「……成果ゼロ。というわけでもないな」
外交局副局長オオクラが、ガンブ中尉に言った。
「ああ。あの紅い機体。見せつけられたな」
テンシェンの新型戦闘機を確認でき、脅威となるものの実体を掴むことができたのだ。
だがガンブは唇を噛む。
「天竜に頼りきったままでは……空は奪われる」
自身があの機体と戦うことを想定したが勝ち筋が見えないのだ。
シーレイアでも屈指の竜使いのガンブにとっては屈辱である。
「我々も、新たな空の選択肢を急がねばな」
互いに頷く二人。
オオクラも"覇王”の異名をもつガンブの反応で時代の変化を悟る。
二人の視線の先に、空を翔けるホニーとマート。
どこまでも続く、帰路の青い空。
その空が、遠くない未来で変わるかもしれないということを──彼女たちはまだ、知らない。
本日はあと1話投稿予定です。次の12話は21時30分です。