第10話「訓練」
「ほう、流石ドラグーンの娘。しっかり先導できているではないか」
穏やかな海上を、巨大な飛行船が滑るように進んでいく。その先頭、白き天竜が風を切って翔ける姿があった。
「私の妹は飛行技術『だけは』誰にも負けませんよ、ガンブ大尉」
艦橋からその様子を見守るラシャ・ドラグーンが応じる。傍らのガンブ大尉は頷きながら、くぐもった笑みを浮かべた。
「姉バカの身内贔屓かと思ったが、本当に優秀だな」
ガンブの視線が、楽しげに青空を駆けるホニーとマートに注がれる。
「飛行技術が拙ければ、首都コーロンへの先導は俺が代わるつもりだったが……これなら問題ない」
「大尉が先導に出れば、それこそ『宣戦布告』と誤解されてしまいますよ」
ラシャの言葉に、ガンブは豪快に笑う。
「ガハハハ、それもそうだ! だが、少しアイツを鍛えてやるか」
その瞬間、何かを思いついたように笑みを深めたガンブは、大きな漆黒の天竜にまたがりそのまま飛び立った。
「大尉!?……マート、後ろ!!」
風の気配がざわめくのを察知し、ホニーが警告を放つ。ホニーが反応したときにはすでに、巨大な黒竜が後方から突進してきていた。
「っ――よっと!」
白竜が空を裂いて横滑りする。その動きはあまりにも自然で、まるで風の軌道を読んでいたかのようだった。
「これを避けるか……ますます気に入った」
ガンブの突進は空振りに終わったが、彼は満足そうに唇を吊り上げた。
「ガンブ大尉、私……何か不手際がありましたか?」
突然のガンブの襲撃に、ホニーは困惑しながら問いかける。
「おう、あるとも。“油断”ってやつだ。護衛たる者、どんな時も気を抜くな。いい訓練になるだろ?」
「……訓練、ですか?」
「訓練だ。いいか、小娘。指揮官の指示には『はい』で答えるのが軍の礼儀だ」
「はい! 了解でありますっ!」
ホニーは迫力に負け思わず姿勢を正し、大声で返事した。
(あれ、私って軍属だったっけ?)
という疑問が返事をした後にホニーの頭を渦巻く。
その後も、ガンブは執拗に突進と急旋回を繰り返した。だがホニーとマートは、風の流れを読むかのように僅かな機動だけでかわし続ける。
「さすがに大尉も、無武装突撃じゃあの二人は捉えきれないわね」
艦橋から様子を見守るラシャが、ふっと息をついた。
「……よし、次は偵察訓練だ」
しばらくしてガンブが声を上げた。
「ええ!? まだ続くんですか!?」
「上官への返答は?」
「はい、了解でありますっ!!」
(私軍属じゃないのに!!)
思わず返事した後に、ホニーは返事した自分にツッコミを入れた。
***
飛行計画のスケジュールに基づいて先導を交代し、飛行船に戻ったホニーとマート。
「ホニー君、飛行技術見事だった。是非ともうちの部隊に来ないか?」
ガンブが遠慮のない声で問いかける。
「ありがとうございます。でも、白竜のマートには武装ができませんし……」
ホニーは笑ってやんわり断る。横でラシャが少し眉をひそめた。
「大尉、ホニーはまだ十四です。15歳未満への勧誘は軍規違反ですよ」
「ああ、すまんすまん。あまりに優秀だったもので、ついな」
ガンブはあっさりと謝罪すると、気まずそうに頭をかいた。
「……だがな」
声色が変わった。豪快だった笑いは影を潜め、低く引き締まった声がホニーに向けられる。
「まもなくテンシェン国の首都コーロンだ。お前が先導隊長を務めることになる」
「はい。ご指示、承知しました」
ホニーが素直に頷くと、ガンブはほんの僅か、視線を沈ませて言った。
「気を抜くな。先導は『標的』にもなりうる。……場合によっては、堕とされる可能性もある」
一瞬、空気が張り詰める。その言葉は、今回がただの外交ではないことの雰囲気が漂っている。
「……了解、警戒して務めます」
ホニーはその言葉の意味を飲み込み、深く頷いた。
訓練の延長ではない、本物の任務が迫っている。
本日はあと2話投稿予定です。次の11話は19時10分、12話は21時30分です。