第109話「撤退の真意」
ピュンッ──!
鋭い風切り音と共に、銃弾がホニーの頬すれすれを掠めた。
感じ取った攻撃の気配よりも速い。
余裕をもって避けたつもりだったが、ほんの僅かに遅れていた。
(……もっと深く避けないと、次はない)
神圧は、ますます重く膨れ上がる。
打開策として命じた教会への攻撃は不発どころか、鐘が怒りのように鳴り響き、神圧がさらに強まった。
距離を取ろうとした瞬間、視界の端で味方機が一機、炎に包まれる。
バルクーイは、ホニーを追う片手間で仲間を撃ち落としていく。
心臓が強く跳ね、胸が縮む。
一瞬、冷静さが揺らいだそのとき──
「ホニー、一人じゃない。僕もいる」
落ち着いた相棒の声。マートだ。
「精都アーミムの空は精霊たちのものだ。あいつらのものじゃない」
決して強がりではない、確信を帯びた声。
何度も極限の空で、ホニーを引き戻してくれた声だ。
「……ありがとう、マート。さすが、私の相棒」
胸のネックレスが熱を帯びる。
ジャスミンもまた、そこにいる。
(ありがとう、ジャスミン……)
意識を戦場に戻し、ホニーは改めて状況を分析する。
撤退戦のはずの敵が、ここまで大規模な儀式を行う理由は何か。
たった一機のエースを守るために、
街全体を神域に変えるほどの魔力を費やす意味は──
ゾクリ。
ある答えが脳裏をよぎり、背筋が冷たくなる。
(……まさか、アーミムそのものをリクリス神に捧げる儀式……?)
そう考えれば全てが繋がる。
もしそれが事実なら、街を取り戻したところで“精都”アーミムは戻らない。
(まずい……儀式を止めないと)
ホニーは無線を開く。
「鉄竜部隊、敵機牽制に回ってください。
シシリタ隊長、迎撃をお願いします。
スターイージスは一度、バルクーイから離脱します」
儀式の核を探るため、バルクーイとの距離を取る決断。
その間の時間を稼げるのは、竜王カンラ・シシリタしかいない。
『了解。鉄竜部隊であの堅物を押さえる』
カンラの声が重く響く。
『安心しろ。“空を飛べる”俺たちは強い』
続けて無線が響き、それは戦友としての温度があった。
鉄竜部隊は、かつてアクルで天竜と契約できなかった落伍者の集まりと言われた。
だが、空に憧れ、空を諦めなかった者たちが、
南部戦線をずっと支えてきた。
ホニーは無線に祈りのように告げる。
「……天竜と共にあらんことを」
同郷のものだからこそ、あえてホニーは天竜という言葉を選んだ。
星渡り、神話に出てくる神をも殺す最高の竜使い。
そのホニーから、天竜に乗れず戦闘機乗りとなった自分たちに向け”天竜”という言葉が向むけられた。
『天竜と共にあらんこと!』
全機がホニーの心意気を感じ応えた瞬間、風が揺らいだ。
ライコウの周囲に、風の精霊たちが集い始める。
神圧に怯えて沈黙していた精霊たちが、
アーミムを守る“天竜”を感じ取り、喜びの声を上げるかのように。
空気が、わずかに軽くなった。
***
その変化を、バルクーイはすぐに察知した。
「……星渡り。無駄な足掻きを」
焦りで失った挙動。
そして、神に傅いていた精霊たちが、少しずつ反旗を翻し始めている。
ミョルニルは旋回を続ける。
星渡りを逃さぬために、そして彼女を“処刑”するために。
ホニーは一気にスピードを上げ、距離を取ろうとする。
追撃の途中でバルクーイの目に飛び込んできたのは、
堂々と背を見せて挑発する一機の戦闘機。
「鉄竜部隊長……”竜王”カンラか」
カンラに標準を合わせ機銃を撃とうとした瞬間、無数の銃弾がミョルニルを襲うが、
すべてが神威に弾かれていく。
ふと前を見るとカンラの機体はいなくなり、バルクーイの背を取っていたがバルクーイはよける気配はない。
そして遠ざかる星渡りが、何かを探すように空を駆けている。
(……気づいたか。だが遅い)
バルクーイの目に、慈悲とも哀れみともつかぬ色が宿る。
「今日、アーミムはリクリス神の御許へと昇る。
異教徒も、精霊も、すべての罪を清めて──」
神圧がさらに膨れ上がり、鐘の音が空を震わせる。
アーミムからの”完全”撤退まであと僅か。




